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●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2015年8月号 ○
特   集
漱石と龍之介
文人俳句の頂点、漱石コレクション、龍之介コレクション、年表など。
特 集 2
語り継ぎたい 戦時下の俳句
特別作品50句競
稲畑 汀子
特別作品21句競詠
河内 静魚 井上 弘美
俳句界NOW
綾野 南志
甘口でコンニチハ!
谷村 志穂(作家)
魅惑の俳人 82
林 徹
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俳句ボクシング・今月のチャンピオン
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
滅びたるインカのことを夕端居
埼玉 高橋まさお
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
白木蓮の満開風をたじろがす
東京 山形れん
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
手話の手を止めて落花を受けにけり
滋賀 北村和久
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
柏餅むかしはみんな子沢山
三重 渡邊紘男
雑詠
雑詠-有馬朗人・選
生き生きと龍太の空の弥生かな
茨城 野口英二
蛇笏、龍太親子の住居周辺の空、それも弥生の空の光景が詠われている。「生き生きと」と言 う措辞が効いている。待ちに待った明るい春の到来を喜ぶ気持が溢れている。龍太が〈紺絣春月 重く出でしかな〉と言いつつ現れそうな雰囲気がこの句にある。龍太と弥生の空の組合せが絶妙。
波音のしづかに能登の蛙かな
石川 山下安吉
能登半島の海岸の光景である。能登の波は荒い日もあり、おだやかな日もある。この句ではその波音がしずかな日に、蛙がこれまたのどかに鳴いている様子が詠われている。蛙の鳴く田園と、それに続く春の波が、おだやかな春の光の中で音楽を奏で合っているようである。
袋角孤高に峪を渡りけり
千葉 上田久美子
鹿の角は春に落ち、晩春から初夏に生えかわる。生えかわったばかりの柔らかい角──袋角を頭につけて鹿が峪を渡って来る。一頭だけでいかにも孤高を誇っているような姿が佳い。袋角を力にしているような勢いが感じられる。
雑詠-稲畑廣太郎・選
太公望今日の釣果は日向ぼこ
長崎 中野省蔵
初冬のまだ寒さも厳しくない時期には、釣り好きの人達にとって恰好の釣日和もあるだろう。 そんな一日が想像出来るが、魚がそれに応えてくれるとは限らない。句から察するに、恐らく魚 は釣れなかったのだろう。そこはしかし俳句の心もある作者で、季題が「釣果」とは洒落ている。
落第といふ勲章に遊ばれて
静岡 杓谷 純
何を隠そう筆者も大学時代二回も落第をした経験がある。この季題は「卒業」や「大試験」の 傍題にあるようだが、どちらかというとネガティブな響きがある。しかし作者はそれを「勲章」 と捉えて、前向きに明るく詠んでおられるところに好感が持てる。諧謔味も効いている。
始業ベル鳴つてぶらんこ揺れ残る
福岡 金子正次
とことん休み時間を遊び抜いた子供の潑剌とした様子が伝わって来る句である。一年生だとすると、季題から、一学期が始まり少し学校にも馴れ始めた頃だろうか。新しい友達も出来て、ぶらんこを勢いよく漕いでいるところに始業ベルが鳴り、走って教室に駆け込む。元気が一番。
雑詠-茨木和生・選
さへづりにきつと返事のありにけり
東京 高橋千花
小鳥たちが囀っているのは恋の言葉を投げかけているから。どの鳥の囀りに、どの鳥が応えているのかは判らないが、鳥たちにしてみれば、きっと良い返事をくれたのだわと通じているに違いない、と作者は思うのである。囀りの中に作者が立ち入った句としておもしろい。
死後もある男のモダン三鬼の忌
兵庫 森山久代
私が三鬼に初めて会ったのは大学生の頃。ベレー帽を被り、マドロスパイプを咥えた三鬼と東京文学散歩で一日行をともにした。なんとモダンなと思った。死後の三鬼の写真もベレー帽を被ってにこやかな笑みを湛えている。三鬼は死後のことも考えて写真を撮っていたのかも。
食べ残し嫌がる父の終戦日
東京 岩井平八郎
戦中戦後の食糧難を体験した人なら、終戦日ならずとも出された食事を食べ残して平然として いる人をことのほか嫌がったに違いない。時代だからと日頃はそうやかましく言わない父だが、 父にとっての終戦日はまだまだ特別の日である。
雑詠-大串章・選
戦争の桜平和の桜かな
富山 藤島光一
「戦争の桜」というと、「同期の桜」を思い出す。「貴様と俺とは同期の桜/同じ兵学校の庭に 咲く/咲いた花なら散るのは覚悟/見事散りましょ国のため」という軍歌。「平和の桜」は日本 古謡の「さくら」などを思い出す。今年は戦後七十年、再び「戦争の桜」を歌ってはならない。
人生にスパイス効かせ春ショール
東京 川瀬佳穂
スパイスは香味料・香辛料、飲食物の香味や色を一段と引き立てる。その「スパイス」を「人生」に効かせる、と言ったところが素晴しい。一度きりの人生、私たちは折に触れ自分のやりたいことをやらねばならない。時には美しい「春ショール」を身に纏い街を闊歩することも必要。
手紙いつも過去より届くヒヤシンス
鳥取 石渕さゆり
手紙の最後には送り主が手紙を書いた日付が記されている。その日付は、受け取った日の一日前だったり二日前だったりする。海外からの場合は一週間前ということもある。いずれにしても、手紙を受け取った日より以前の日である。手紙が「過去より届く」と言ったところがおもしろい。
雑詠-角川春樹・選
白樺の百幹光る聖五月
群馬 小暮駿一郎
白樺は、高原を連想させる樹木である。掲句では、白樺の森をあえて限定的に「百幹」と表現することで、かえって鋭い映像の復元をもたらしている。聖五月との取合せにより、高原に佇む教会を捉えている。
寝ころべば少女に戻る紫雲英畑
熊本 石橋みどり
近頃は、一面の紫雲英風景を見ることは少なくなってしまった。掲句は、紫雲英の美しい光の なかに身を置いて湧き起ってくる感懐や郷愁を、「少女に戻る」という措辞で言い表している。 紫雲英を通して見える、作者の原風景であろう。
色いろな貌に覗かれチューリップ
東京 岩見陸二
どこかメルヘンのある掲句である。作者は、可憐なチューリップの花芯に視点を据えて、人間の貌を見あげているのである。花びらで縁どられた窓から見える、歓びや好奇心にあふれた子どもなど。みんなで、チューリップの咲いたよろこびを分かち合っているに違いない。
雑詠-岸本マチ子・選
死後もある男のモダン三鬼の忌
兵庫 森山久代
ボヘミアンでコスモポリタンな三鬼は大変ダンディーでモダンであったと言われている。『神戸・続神戸・俳愚伝』など読むと破天荒で好色であったが、それは江戸の粋(いき)に通じるもので女性には大変優しかったように思う。そんな三鬼の句はいまも三鬼らしく生きている。
大吟醸下戸も買ひたる能登うらら
大阪 杉山 睦
「大吟醸」というのは米を極限まで削るということだが、フルーティーでおいしい。その匂い に下戸も思わず買ってしまったのであろう。能登の旅のうららかさが、「能登うらら」でいかに も増幅されている。
エデンという南々西に春の虹
秋田 五十嵐ゆみ子
「エデン」とはアダムとイブがその後追放された楽園だが、ヘブライ語では「歓喜」の意味をもつ。そんな楽園が日本の南々西にあり、そこに大きな春の虹がかかっているとは、なんと大きく素晴しい景色であろう。
雑詠-坂口緑志・選
手紙いつも過去より届くヒヤシンス
鳥取 石渕さゆり
届いた手紙は、間違いなく届いた時より過去に書かれたものだ。当たり前のことだが、過去か ら届いたという発見に、作者自身も感動しているに違いない。「ヒヤシンス」は「風信子」と書 くが、何か因縁めいた感じがおもしろい。
風光る薬師如来のくすり指
徳島 神野千鶴子
薬師如来の多くは左手に薬壺を持ち、右手は手の平を外に向けて肩の高さまで揚げているが、 薬指がすこし前に曲っている。その昔、薬を水に溶くとき、この指を使ったという薬指。五指の 中で最も清潔な指であるという薬指に春の陽光が囁きかけているのだ。
初蝶や風の重さを未だ知らず
埼玉 大熊三郎
初蝶は風のない穏やかな日和に現れる。初蝶に出遇えば、心が弾み、誰しも希望に胸が膨らむ。 おそらく蝶もそうなのだろう、新しい世界への期待で蝶の胸もいっぱいなのに違いない。無論、 雨や嵐の日をまだ知る由もないのだ。
雑詠-佐藤麻績・選
紙風船ぽんとひと突きして渡す
茨城 國分貴博
紙風船は思い出の中に収まってしまったもののようだが、ふとした時、突いてみると心楽しいものだ。一人で突くのもよいが傍らの誰かを巻き込めば尚更愉快。手渡しなどせず、この句のように、ひと突きして渡す。日常をこの様に楽しめれば、日日是好日の人生があるだろう。
鶯の声で始まる村芝居
三重 亀田紀子
かつての村は町や市になったが過疎化していることも多い。だが伝統行事を絶やさない様にと努める人もあり、村芝居は続いている。この事に人々は郷愁を感じ集まってくる。いよいよの時を楽しもうと揃ったのである。こんな時まっ先に鶯が鳴くのである。それも実によい間合なのだ。
飼主をみる目険しき恋の猫
埼玉 真尾公子
恋は盲目という。日頃可愛がってくれる最も大切な飼主のことも邪魔者と見てしまうのだろう。何をしようと敵愾心を燃やすことになるのだろう。無事を願っていることなど理解は出来ず、険しい目を向けてくる。人の子も飼猫もどうやら同じようだとは面白い。
雑詠-高野ムツオ・選
白シャツの少年きみは光の樹
神奈川 神野志季三江
「白シャツ」という言葉自体に、戦後の青少年のイメージが重なるのは、私が同時代を生きて きた一人であるからだろうか。いや、そうしたことを抜きにしても、白シャツの少年が「光の樹」 だとの断定は、不動の姿勢のまま、未来を見つめる少年を想像させてあまりある。
一本の糸にはじまる蜘蛛の国
大阪 喜多てる子
蜘蛛の巣作りは、まず一本の糸を、かけるべき物と物との間に渡すところから始まる。その後、糸の間を行き来したり、体重を利用して糸の間を移りながら自分の巣を完成させる。一時間もすれば「蜘蛛の国」ができあがるという。日本の国が泥の一滴から生まれたことも連想させる。
炊きたてのご飯のやうな春日かな
福岡 江濱百合子
炊きたてのご飯が、茶碗に大盛りになって、もうもうと湯気を立てているさまを想像させる。 そして、その後ろから春の日が上がってきたかのようである。やがて、その二つは一体となる。 霞みながらも悠然たる、おいしそうな春の日輪が表現されている。
雑詠-辻桃子・選
亀の子の飛び込み水の底に着き
広島 谷口一好
亀の子が岩から池に飛び込んだ。見ると水中を斜めに落ちてゆき、そのままその池の底に着いた。水面に落ちるまでは一瞬のことだったが、水中に入ってからはゆっくりと落ちていったのだろう。一部始終を作者はじっと見ていた。池の底に着くまでの亀の子を淡々と写生している。
花種を地べたに並べ朝の市
神奈川 窪田遊水
朝市が立っている。そこに種物屋が店を出していたのだろう。花種の袋が並べられていた。鄙 びた朝市の様子が、「地べた」に並べられている花種の袋により表現されている。朝市なので採 りたての新鮮な野菜や山菜、果物などが主なのだろうが、作者はその片隅の花種の市に注目した。
水底の峠を越えし蜷の道
滋賀 岡崎達栗
蜷は三センチほどの巻貝で、これは水田か川などにすむ川蜷。蜷が這いまわった跡を「蜷の道」 という。水底には水底の世界があり、山もあり谷もある。水底の起伏に蜷が歩んだ跡を見つけた。 辿ると峠を一つ越え、さらに蜷の道は続いた。見入るうち、水の中の別乾坤に入り込んだようだ。
雑詠-豊田都峰・選
竜のごと闇を飛び立つお松明
大阪 篠原寿美子
「お松明」を、京都などで盆行事として行われている「上げ松」と解釈する。柱松の頂上の点 火部分目がけ、周りを囲んだ大勢が手松明を投げ上げるのである。まさしく、「竜のごと闇を飛 び立つ」というのは手松明の勢い。例えをよしとする。
うぐひすや陶師の鏡埴よごれ
大阪 名本喜美
「うぐひす」のよく聞こえる林の中か、林の近くなどの「陶師」の工房がまず設定されるが、 どこかの壁にかけられた「鏡」、それが「埴」、すなわち黄赤色の緻密な粘土で汚れているとする。 それは陶師の手癖か。面白い発見である。
起し絵の波にサーファー隠れけり
宮崎 早川たから
サーフィンでは大きな波の立つ場所が選ばれるが、その大きな波を「起し絵」と形容したことを評価する。切抜きを立てて組み合わせるようにしたものだが、急に立ち上がった波の様子もうかがわれておもしろい。
雑詠-夏石番矢・選
夢で見たイデアの色のシャボン玉
新潟 とっこべとら子
原句の「石鹸玉」を「シャボン玉」に。〈連翹や此の町に居た老婆たち〉も佳作だが、こちら が断然優れている。この作者のテーマは美しいはかなさ、漠然とした不安。「イデア」にどれだ け内実があるのかどうか不明ながら、夢で垣間見られた何か大切なものをこの句は表現している。
ぶらんこや痛みの空は誰のもの?
兵庫 子伯
「ふらここ」を「ぶらんこ」に。あまり特殊な季語は使わない方がよい。中原中也の詩を連想 させる一句。素人めいた作風ながら、「痛みの空は誰のもの?」は、素晴らしい表現。「ぶらんこ」 との取合せも単純ながら、心に強く響く。根源的な問いかけが、俳句によって可能である。
さくらさけど阿Qのごとき日本かな
北海道 塩見俊一
魯迅の小説『阿Q正伝』への引喩の一句。「さくら」でめでたい春の喜びを詠まなかったとこ ろに、作者の覚めた俳諧精神がうかがえる。日本全体が、卑怯で、現実逃避的で、愚劣で、お調 子者で、最後には惨殺される「阿Q」とは、含蓄の深い皮肉。他の二句が凡作なのが惜しい。
雑詠-西池冬扇・選
折山の破線をあるく春の蠅
兵庫 堀 瞳子
折山の破線とは山になる折れ目を示す破線と解したい。まだ折っていない平面である。その平面の破線にそって蠅が歩く。作者はそのことにある種の趣を覚えた。春の蠅は「五月蠅」のようにうるさくはないのかもしれぬ。この句は喚体の呼格、最も俳句的な文体構造で読者の心をうつ。
犬小屋の外に寝る犬弥生尽
神奈川 堀尾一夫
犬が犬小屋の外に寝ることに、かすかな俳味が漂う。下五の弥生尽は旧歴で成り立つ季語で惜春がもともとの趣であろう。弥生を新暦の三月と考えると惜春の感慨は希薄になる。この句の場合は暖かくなった時候を説明するための「季語」である。だが句全体の俳味が面白いので採った。
学芸会桜の枝が歩き出す
兵庫 大曲富士夫
学芸会の舞台で、桜の枝を持ってじっと立っている役割の子が動き出してしまったのであろう。 この句も俳味が主体。「文化祭は季語だが学芸会は?」などと考えるのは無用。新しい季語の季 節感は曖昧なことが多い。さらに舞台で使う桜の枝でも春という虚の空間を創出し演じている。
雑詠-原 和子・選
平積のベストセラーや夜の秋
福井 加茂和己
書店に入ると先ず平積みの書籍が目に入る。云うまでもなくベストセラー。最も関心を引き、 手に取られる。華やかな書店の片隅で、作者は「夜の秋」という季節を捉えている。「夜の秋」 は俳句ならではの季節感。秋といっても夏の季語、晩夏それも夜に早くも秋の気配を感じること。
遠足の吸ひ込まれゆく石舞台
愛知 安井千佳子
奈良県明日香村にある石舞台は巨大な横穴式石室で一説には蘇我馬子の墓とも云われている。 一見、その名の通り訪れた人の想像力を掻き立てる歴史的舞台。この句の面白さは謎めいた穴に 遠足の子供たちが一斉に「吸ひ込まれゆく」というリアルな光景にある。一寸怖い気もする。
淋しさと自由のあはひ蜆汁
東京 矢作十志夫
淋しいけれど自由でありたい日常の機微が、「上五」「中七」に表出されている。その曖昧さを 俳句として決めたのが「蜆汁」。宍道湖の大和蜆、琵琶湖の瀬田蜆が有名だが汁物の中でも「蜆汁」 は滋養源として親しまれている。作者は「蜆汁」によって何かがはっきりしただろうか。
雑詠-保坂リエ・選
花の下赤ちやん機嫌よく笑ふ
東京 田山せつ
「花」と言えば桜のことであり、花王と言われ国花とされている。掲句は間違いなく花筵の一景であろう。赤ちゃんが手足を上げ嬉々と喜んでいる花筵。誰彼に愛想をよくしている赤ちゃん。親も子も作者も幸せな一瞬を描写。写生に徹するという信念が生む明快さが見える秀吟。
名をもたぬ百の山々笑ひけり
大阪 中村輝雄
先日私の家のベランダで愛らしい小鳥が遊んでいた。「あら、これは何という小鳥?」と私は 近くの人に尋ねた。すると「世田谷鳥」と言う。「世田谷鳥なんて聞いたことないわ」で終わっ たが、「百の山々」が名を持っていないという掲句。省略の効いた中七音で、ありそうで無い名吟。
振り向けば戻りたくなる花の道
東京 宇野八重子
こんな経験は誰もがしている。が、句にはならなかった。「花の園」でも同じことが言える。 庭園に入門、帰りには必ず庭園を振り返る。人の情というものであろう。俳人にとって「人の情」 程大切なものはない。読者に「花の道」を想像させ、楽しませる。あるようでない一句。
雑詠-宮坂静生・選
浮いてこい魚の住処の戦闘機
神奈川 安藤 斉
海底に沈没している戦闘機よ、「浮いてこい」と呼びかけている。そこは魚が棲むところで、 沈没船が残骸を曝す場所ではない。「浮いてこい」は夏の水遊びや風呂などで子供が遊ぶブリキ やセルロイドの玩具。玩具ではなく言葉を捩って呼びかけに用いた。極めて大胆な用法で面白い。
連翹や此の町に居た老婆たち
新潟 とっこべとら子
春になって垣根に連翹が咲き出す頃、いい陽気に町に老婆がどっと溢れる。冬の間ひっそりと死んだような町だったが、こんなに老婆が潜んでいたものかと可笑しさを籠めて長寿高齢化社会の現実に眼を瞠る。いつか老婆の町に成ってしまったとの思い。優しい表現でぎくっとさせる。
何もかも花の向かうに消えにけり
静岡 宮田久常
花が終わった喪失感を表現した句であるが、これは、一般論を述べたものではなく、ある年配になった半生の感慨を綺麗に振り返ったものではないか。わが青春の終末を愛惜を籠めて懐古すればこのようになろう。残酷であるが、幸せな人生詠である。
兼題
今月の兼題…【一】
兼題-大高霧海・選
墓洗う一銭五厘の死を悼み
大分 下司正昭
太郎冠者の一歩は一里足袋真白
東京 猪股洋子
蟇一歩も退かぬ面構へ
大阪 喜多てる子
兼題-田島和生・選
田の神に早苗一束奉る
大分 森田里華
点滴の終の一滴緑さす
奈良 吉川千鶴
一団の校章ひかる蝶の昼
京都 塩谷一雄
兼題-田中陽・選
さくらばな八紘一宇のあくむかな
愛知 鱸 鉱志
ふる里の山に一礼田水張る
青森 田端千鼓
芸術に第一第二蝉時雨
三重 坂倉一光
兼題-名和未知男・選
一人静帰りたき場所ここにあり
東京 中村ゆみ子
治聾酒とならば一杯もう一杯
大分 松鷹久古
無の一字彫りし墓石や鳥かへる
福岡 川崎山日子
兼題-能村研三・選
遠泳の八十人の水脈一つ
鹿児島 内藤美づ枝
治聾酒とならば一杯もう一杯 
大分 松鷹久古
原爆忌水に消せない火の一つ
三重 岡田良子
兼題-森 潮・選
一日より一年速し枇杷の花
大阪 竹中幹子
春愁や一本足のフラミンゴ
長野 土屋春雄
山一つ越えてまた山山笑ふ
静岡 渡邉春生
兼題-山下美典・選
押し通す兄の一徹籾を播く
徳島 多田邦子
女子会の一致団結花むしろ
東京 岡田みさ子
もう一度一から見直す目借時
三重 橋本 薫

2017年| 3月2月1月
2016年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月| 1月
2015年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2014年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2013年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
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