●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2018年1月号 ○
特   集
楽しく覚える新年の名句
エッセイ・立川志らく 清水哲男 / 楽しく覚える名句カルタ 他
特   集
読者投稿欄
選者競泳
発表
第八回北斗賞
充実の連載陣!
「牡丹と怒濤ー加藤楸邨伝」石寒太、他
セレクション結社
中原道夫「銀化」
俳句界NOW
辻 桃子「童子」
甘口でコンニチハ!
小林よしのり(漫画家・評論家)
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢29名の選者陣!

添削教室選者
河内静魚、山尾玉藻(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、今瀬剛一、大串章、大牧広、角川春樹、岸本マチ子、古賀雪江、坂口緑志、佐藤麻績、鈴木しげを、辻桃子、夏石番矢、西池冬扇、原和子、山田佳乃(敬称略)
兼題選者
大高霧海、高橋将夫、田島和生、田中陽、中西夕紀、名和未知男、能村研三(敬称略)


  【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
鎌先で添水直して日の暮るる
千葉 山村自游
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
月光の降る音のする砂時計
石川 山下水音
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
君が代の声揃わざる敬老会
北海道 小野恣流
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
朝市の積荷ひらけば螇蚸とぶ
茨城 林 秀峰
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、今瀬剛一、大串章、大牧広、櫂 未知子、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、原和子、山尾玉藻(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
門火焚く沖の漁火眺めつつ
兵庫 上岡あきら
火は人間の生活にとって必要不可欠であると同時に何となく懐かしいものである。亡き人を迎 えるにも送るにも火を焚く。その門火を焚きながら海を見ると、沖に浮んでいる漁船が漁火を焚 いている。魚たちも火にひかれて集まって来るのである。盆の頃の宵の風景が佳く描かれている。
*桐一葉大きく落ちて音のなし
奈良 中川草汀
桐一葉と言えば、「少年老い易く学成り難し」という詩を思い出す。そして、「階前の梧葉己に 秋声」ともう秋を感じる。この詩から、「桐一葉の落ちる音は大きいかと思っていると、音もな く静かに散った。静かに散るからこそ、より深く人生の秋を感じさせる」としたところが佳い。
月山の風を呼び込む稲の花
山形 鈴木禧實
月山は孤立して高く聳える姿が美しい。その麓に広がる田に稲の花が群がり咲いている。受粉 のための風を待っていると、月山から望み通りの風が吹いてきた。いかにも稲の花たちが、月山 の風を呼び込んだようだ。これで豊作になるに違いない。そのような喜びの感じられる句である。
雑詠-稲畑廣太郎・選
鰹節削る音より秋に入る
東京 川瀬佳穂
最近では鰹節を家庭で削るという家は少なくなったのではないだろうか。筆者が子供の頃は、 筆者も鰹節を削る手伝いをしていた記憶がある。何れにせよ朝の厨の一齣であるが、日本の失わ れかけている生活文化を通して、季節の変わり目を素直に表現しているところに共感を覚える。
入口も出口も鰯雲の下
神奈川 大木雪香
入口と出口が別の離れた場所にある広い建物を想像するが、美術館のような建物も想像出来る。 空一杯に広がっている鰯雲を見て入館し、結構長時間中で過ごしたことも感じられる。そして出 口を出ると未だ鰯雲が空に広がっている。建物の大きさよりも自然に圧倒されている作者である。
ポケットの小さな秋に触れる夜
福岡 平山哲行
昼間、森など自然溢れる場所を散策したのだろう。その後家に帰って日常の生活に戻った作者 である。忙しく現実に対峙していただろうが、ふと夜の落ち着いた時間にポケットに手を入れる と木の実のようなものが入っていたのを思い出した。さりげなく秋を見付けた作者の喜びである。
雑詠-今瀬剛一・選
栗飯のほのかに甘し子ら遠し
埼玉 田村みどり
しみじみとした味わい深い作品。ともに栗飯を食べながら育てた子供。そのお子さん達も今は 独立して遠く住んでいる。「ほのかに甘し」という言葉からは現在の作者の心情が、また「遠し」 という表現からは距離的な遠さはもちろん作者の子を懐かしむ時間的な遠さまで感じられる。
峡の稔り田さらさらと風渡る
愛媛 武田友子
七五五のリズムが快く響く。「さらさらと」という音も快い。一面の稔り田であろう。それも「峡」 というからには山間の田である。山裾をすっかり埋め尽くす様な明るい「稔り田」を私は思った。 山から吹き下ろし、そして別の山へ吹き上る風、どことなく豊年の兆しを感じさせる。
虫の音やとつぷり浸かる露天風呂
兵庫 笹尾清一路
ゆったりと露天風呂に浸かる作者の表情が眼に浮かぶ。「とつぷり浸かる」という言葉が湯の 豊かさ、足を伸ばして湯に浸かる姿を思わせる。上五の「虫の音や」という表現も快い。「や」 という切字が強く響いて、あたかも虫の音が辺り一帯からわき起こってくる様にも思える。
雑詠-大串章・選・選
長き夜や文机といふ拠り所
愛媛 野口寿雄
夕食が終わると決まって机につく。本を読んだり俳句を作ったり、ときには手紙を書いたり物 思いにふけったりもする。「文机」は、まさに長き夜の「拠り所」である。長い付き合いの文机 にはさまざまな思い出がある。これから先何年、この文机と付き合っていくことができるか。
峡の宿庭に出てみる星月夜
愛知 浅井清比古
旅の一夜であろうか。峡の宿で夕食をとったあと庭に出る。空には無数の星がきらめき、月夜 のように明るい。庭の周りでは虫たちが鳴き合い、山には樹々が静かに立っている。都会の喧騒 を忘れさせてくれる至福のいっときである。命の有り難さを思ういっときでもある。
涼新たガラス細工の帆掛船
愛媛 室 達朗
「涼新た」は秋になって感じる爽やかな涼しさ、「新涼」「爽涼」とも言う。帆掛船は帆を張っ て走る船。その帆掛船がガラスで作られている。帆も帆柱も船体も全てガラスである。「ガラス 細工」の透明感と「涼新た」の涼気とが響き合い、視覚的にも感覚的にも魅力ある一句となった。
雑詠-大牧広・選
聞き返す事多くなり鬼城の忌
神奈川 秋川ハルミ
村上鬼城は聴覚不自由の身でも毅然とした句を詠み、動物等いきものにも愛憐の情を注いだ。 鬼城は俳句には毅然と対し、その分、生きとし生ける者へ深くて遍き愛をかけていた。掲句、歎 きの感がこめられていて鬼城句としてわかる。
病名がついて安心吾亦紅
神奈川 久里枕流
この気持わかる。その病に立ち向かうことができるから、はっきりとした病名が付いてむしろ 安心する。この「安心」には、これからの闘病の気持がこめられている。病名に立ち向かうとい うのであろう。「安心」がよくわかる。
鶏頭の紅が心底寂しくて
神奈川 鎌田保子
鶏頭のあの色が心を淋しくさせる。詩人の感性がそう感じさせるのであろう。詩人の感性とは、 そうしたするどい感性を言う。
雑詠-櫂 未知子・選
蕎麦の花母は日向の匂ひせり
栃木 長谷川洋児
どこか懐かしく、そしてあたたかな作品である。ひたすら家族のために働いた、かつての日本の 母親の姿が見えてくるような句であり、味わい深い。「蕎麦の花」という季語が、この家族の 住む地域の色を出しているのもなかなかである。
みづうみの風のととのひ新松子
愛媛 片山一行
眼前の「みづうみ」という大きなものに、目には見えないけれど感じることのできる「風」を 配し、そして「新松子」というみずみずしい季語を持ってきた。言葉のバランスがよく、まこと に姿の美しい作品である。
*顔ひとつ暮れてゆきけり秋遍路
熊本 加藤いろは
情を込めずに「顔ひとつ」とした即物的な把握の仕方がいい。春の遍路とどう異なる扱いをするか、 実作者の悩みがちな季語であるが、この作者は「暮れてゆきけり」でみごとに描ききった。 かなりの力量を感じさせてくれる作品である。
雑詠-角川春樹・選
マンタ来る珊瑚の島の月明り
福井 村田 浩
掲句は、古典的な季語の一つである月をモチーフにしながら、現代的かつ幻想的な一句に仕上 がっている。マンタと月の新鮮な取合せに惹かれる。上五と中七の措辞では、マンタと珊瑚を配 置することでリズムもよくなり、映像の復元力が豊かになった。
オリーブ熟れ聖歌の洩るる木の大扉
兵庫 野原由紀
オリーブの実から、聖歌へ転換したところが巧みである。木の大扉から洩れてくる聖歌に耳を 向けている人物の心持が推し量られる。晩秋の寂寥が聖歌に抱擁されているような、温かみのあ る作品。
ゴールデンバット手向けり秋彼岸
静岡 原田幸次
煙草を墓前に供えるという景からは、作者と故人との親しい間柄が思い浮かぶ。掲句の魅力は、 「手向けり」と持ってきたところにある。このことばにより調べが整い、「ゴールデンバット」が 一句のなかによく納まっている。
雑詠-古賀雪江・選
*桐一葉大きく落ちて音のなし
奈良 中川草汀
秋の初め、風も吹かないのに、大きな桐の葉がふわりと落ちる事がある。これが「桐一葉」で ある。広い卵形の葉が落ちるのに音も無かった。作者は存在感のあるその葉を見て、それが音も なく降ってきたことに驚き、同時に季節の確かな運行を実感したのである。
送り出て思はぬ闇や秋の暮
千葉 飯田協子
友人か、母か、客人との楽しいひとときに刻を忘れて送りだしたら、はや夕闇の気配であった。 秋の日は、「釣瓶落し」と言われる。これは秋の落日を真っ直ぐに井戸に落ちて行く釣瓶に例え たものであるが、秋分を過ぎると、夜が昼より長くなる為こんな思いは誰にもあることだろう。
遠山の風引き寄せて芒原
福井 木幡嘉子
いたるところの山野に自生する芒。丘や堤上に株をなして叢生しているのも見事であるが、野 一面、山一面を覆い、風に吹かれ靡き光るのは壮観で、風が白くなったと思う程だ。「遠山の風 引き寄せて」に、遠くの山から渡って来る風に、芒原がいっせいに一方に靡いている様が見える。
雑詠-佐藤麻績・選
一命を押し合うてゐる葡萄かな
大分 堀田毬子
葡萄はまさに立錐の余地もなく、その命の粒を押し合い保っている。命の粒が犇めいているこ の状態から、一粒が外れて落ちれば次々と毀れていってしまうのである。必死の緊張感の一房一 房を保っている葡萄の姿を捉えられた。省略の効いた作品である。
鶏頭を眺めつ子規を偲びけり
埼玉 曷川 克
〈鶏頭の十四五本もありぬべし 正岡子規〉この句を下敷きにして詠まれた作品である。鶏頭 を見れば、即座に子規の句を思う作者なのであろう。子規の句の中でも代表句であれば、立ち去 り難いことだろう。そして他の子規の句も思い出されているはずだ。
苦瓜の茂るカーテン草田男忌
福岡 志帆
苦瓜はゴーヤとも言われるが、中国から渡来したようだ。沖縄では以前から馴染まれ食されて いるが苦味があるのが特徴である。またその蔓が伸びていくことから日除けとしている。中村草 田男の忌日は八月五日、暑い最中であれば、苦瓜のカーテンは大変有効なはずである。
雑詠-鈴木しげを・選
朝鈴と写経の朝を分かちけり
福岡 山本みやび
朝鈴は草雲雀のこと。朝方に鈴を振るようなうつくしい声で鳴く。作者は寺の朝の写経会に参 じているのだろう。背筋を正し、呼吸を整えて筆硯にむかう。心をこめて経文の一字一字を写し とっていく。寺苑の草雲雀の声と写経のわれと「朝を分かちけり」の清らかさに心打たれる。
*顔ひとつ暮れてゆきけり秋遍路
熊本 加藤いろは
単に遍路といえば春。弘法大師巡錫の四国遍路は有名であるが、各地に札所めぐりの霊場があ る。〈道のべに阿波の遍路の墓あはれ 高濱虚子〉の句から春の季語として定着した。掲句は秋 の遍路。秋気に満ちて山路ははやくも夕影につつまれる。「顔ひとつ」に焦点をあてて詠んで見事。
足裏に草のぬくもり星月夜
東京 尾形和北
草原に日中の日のぬくもりがまだ残っている。空はいちめんの星空。昨今は掲句のような情景 にはなかなかめぐりあえない。作者は幸せである。「足裏に」といっているから、うれしさに靴 を脱いで草を踏んだにちがいない。何かほのぼの感のある、心ひかれる作。
雑詠-田島和生・選
千歳飴提げたる橋の渡り初め
神奈川 矢橋航介
七五三のお祝いに縁起物の千歳飴の袋を提げた幼子が、橋の渡り初めに招かれた。 きれいな着物姿が橋の下の流れにも映り、おめでたく、明るい風景を鮮やかに詠みあげている。
両の掌に漆器のぬくみ能登時雨
千葉 小野紗耶子
能登の輪島の漆器屋で、漆塗りの盆を手にしたのかもしれない。手のひらに木製の器の温かみがある。 戸外を走る時雨に一層、温みを感じる。感性豊かな秀句である。
穴窯に貫入響く良夜かな
愛知 榊原多津子
斜面に築かれた穴窯に、板に並べた陶器が置かれ、釉薬が乾いてひび入る貫入の音が美しく響く。 陶芸家が一番心躍らせる時で、いかにも良夜にふさわしい。妙味豊かな作である。
雑詠-辻 桃子・選
蛇笏忌やぴしぴし降つて山の雨
熊本 加藤いろは
飯田蛇笏の忌日は十月三日。旧境川村(現笛吹市境川町)小黒坂の庵を山廬と号した。山廬の 裏に狐川の清流が流れ、蛇笏が後山(ごさん)と呼んだ山が背後にせまっている。掲句は、この 山に降る雨を思わせる。「ぴしぴし」が斜面を突き刺すような山の雨をよく言い当てている。
これ程の四角き柿を剝きにけり
兵庫 大谷千秋
「これ程の四角き柿」という言い方が面白い。「剝きにけり」は何でもない措辞だが、そんな 柿だけに俳諧味がある。この句、虚子の〈凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり〉の表現が揺 曳しているようだ。「凡そ天下にこれ程の……」と思わず付け加えたくなる。愉快な句だ。
充分に娑婆見し蛇の穴に入る
茨城 羽鳥つねを
蛇は秋も深まる頃、冬眠のため穴に入る。地上にいたとき人間に遭遇して打たれたり疎まれた り怖がられたり、さまざまなことがあっただろう。「充分に娑婆見し蛇」は、そんな蛇をおもん ぱかった作者の心情が表れている。作者が蛇と一体になったような句で、説得力がある。
雑詠-夏石番矢・選
シャドーボクシング月が欠けていく
石川 山下水音
八・三・五音の独特のリズムの秀句。ボクシング練習と月の満ち欠けには一見何の関係もない。 しかし、そこに微妙なつながりを発見したところが抜群。「シャドー」=影に欠けた月の影の部 分が対応する。敵を想定してのパンチが、あたかも月を弱らせていると錯覚させるところも絶妙。
月に見らる見せるものなど何もなく
東京 片山惠夫
原句「月に見られ」を「月に見らる」に改めてみた。語呂合わせの俳句ではなく、人間のあり ようを鋭く把握した作。これに反論する人は、「月に見せ」られる何を自分が所有しているか、 明確に提示しなければならない。それにしても、月の視線を感じるのは、快楽なのだろうか。
星飛んで眉唾ものの先つおや
大分 松鷹久子
遥遠なるものは、宇宙の生成の歴史と空間。私たちにはその神秘の全体は理解できない。流れ 星は天体の死を美しく夜空に一瞬描いてくれる。はるかな下界であるこの矮小な人間界では、遠 い祖先がいるように思える。しかし、虚偽はこの俗界にはつきもの。ご先祖さまも定かでない。
雑詠-行方克巳・選
諫めたる酒を墓前にちちろ虫
群馬 小暮駿一郎
故人は酒が大好きで、その酒が彼を早死にさせてしまった。生前は何とかその酒を止めさせようとした。 故人もしぶしぶ従うようでもあったが、死なれてみると、あんなに好きだった酒なのに無理に禁酒などさせるべきではなかったとも思う。 そんな気持で墓前に酒を手向けるのである。
園児らにぶたれこづかれ大南瓜
大阪 西向聡志
どこかに展示してある超弩級の南瓜。初めのうちは撫でたり摩ったりしていた園児達は、おも しろがって力を込めて動かそうとするが、うんともすんとも言わない。そこで今度はめったやた らに叩いたり、小突いたりして遊ぶのである。いかにも子供らしい振舞いが目に浮かぶ。
朝市や花束のごと唐辛子
神奈川 長浜よしこ
近在の農家のおばちゃん達が、思い思いの野菜や果物を持ち寄って開かれるのが朝市である。 宿下駄を突っ掛けて見に行くと、一隅に真っ赤に燃えるようなものが目を引いた。それは花束の ように束ねた唐辛子である。唐辛子の束は、朝の清々しい空気の中で異彩を放っていて美しい。
雑詠-西池冬扇・選
自転車が突き刺さりゐて夏の川
神奈川 正谷民夫
川に突き刺さった自転車、人間社会の荒廃ともいえる象徴的な景だ。夏の川、この句では町の 運河のような川を想像する。夏の川には懐かしい故郷の顔と人間社会の廃棄物に耐えている都市 のそれとの二面がある。この句は「突き刺さり」がポイントである。今は不埒な人は減ったかも。
ペンギンの空飛ぶ日なり秋高し
奈良 宮武孝幸
私もペンギンが空を飛ぶのを見た。BBC放送が四月一日用に作成したという動画で見た。リ アルであった。この句の面白さは「日なり」としたことである。高い秋空をみて、今日は飛んで もおかしくないという思いと、架空とリアルの境界が解らなくなるような現代への詠嘆が重なる。
朽ち舟の底を突き抜く竹煮草
山形 鈴木花歩
「突き抜く」にリアリティがある。朽ち舟に人生を重ねるなどの思い入れは無用、まさにイメ ージだけが勝負の句である。それには竹煮草がふさわしい。目立たぬが覚えると忘れない、日当 たりに率先して生育してくる植物だ。人間がはびこる世界に対する自然界側のフロントの植物だ。
雑詠-能村研三・選
生家跡わつと背高泡立草
東京 関根瑶華
どれほど時間が過ぎても自分が生まれ育った所は懐かしく、万感の思いがよぎる。今は空き地になってしまったが、 辺りの風景から幼い頃の記憶が蘇ってきた。「わつと」という擬態語がこの句の眼目で、 背高泡立草に占領されても作者にとっては生家跡はいつまでも聖地なのである。
野菊摘む恋とは空を仰ぐこと
大分 金澤諒和
伊藤左千夫の『野菊の墓』という小説があるせいか、野菊というと淡い恋のイメージがただよう。 野菊は秋の季語だが特定の花を指すのではなく、野や山に自生する野地菊、野紺菊などを総称し てこの名がある。「仰ぐ」は「上を向く」という意味に加え、「尊敬する」という意味もある。
したしたと九月の雨は詩のごとく
福岡 有田真理子
今年の九月は雨の降る日が多かった。秋雨前線の訪れがいつもより早かったようだ。夏の暑さ も一段落した頃で、本来なら残暑を楽しむ時期であるのが残念である。しかし一雨ごとに涼しく なっていく天候の変化に何か切なさを感じた。九月の雨は人を詩人にしてしまうのかも知れない。
雑詠-原 和子・選
身を寄せて嬰の声待つ天の川
福井 木幡嘉子
嬰の産声は待ち焦がれるもの。天の川の美しい季節、生まれる子には格別の思いがあろう。悠 久の時を流れる天の川。人もまた胎内で長い進化の過程を経験して来るという話を聞いたことが ある。「身を寄せて」に家族の思いが集約される。
国替のごとくに鰯雲の行く
愛知 山口 桃
秋は雲の千変万化する季節。殊に「鰯雲」は秋を代表する雲で、小さな白雲の塊には想像力を かき立てられる。掲出句の見所は、流れる鰯雲を国替の一群と見做したところにある。慣れ親し んだ土地を離れて未知なる地へ向かう集団に哀愁が滲む。
水の星の水の国なり梨たわわ
埼玉 豊田静世
「水の秋」ともいうが、季節の巡りの中で水のありがたさが意識される。水の循環する「水の 星」地球。中でも日本は豊かな水に恵まれた「水の国」である。みずみずしい梨がたわわに実る のも水の恩恵によるもの。無償の水への感謝を思う。
雑詠-山尾玉藻・選
眠る子を取られさうなる良夜かな
静岡 渡邉春生
上五中七までの意味と「良夜」との間に関りはない。しかし余りにも美しい「良夜」の張り詰めた静寂さには、 どこか怖い気配がするもの。そんな心境が、眠っている子が何処かに攫われるのではないかという思いに繋がったのであろう。 ふと『竹取物語』のクライマックスを思った。
日向ぼこ膝の子にある尾骶骨
神奈川 矢橋航介
「尾骶骨」は本来人に尾があった証であるとされ、これを意識することは人が人であることを 強く自覚することでもある。作者も膝に座る幼子の「尾骶骨」を感じ、小さいながらも人として 存在することを再確認したのかも知れない。「日向ぼこ」の至福の時が豊かにゆっくりと流れる。
新聞にくるむ庖丁油照
熊本 加藤いろは
何の目的で庖丁がくるまれるのか、余計な説明が一切ない。それだけに読み手は大きな気掛か りを抱く。そして「油照」のじりじりと照り付ける暑さの感覚が、その気掛かりを増長させるば かりである。俳句はマイナス、その上でプラスに転じる詩型であることをよく心得る一句。
兼題
選者:大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
今月の兼題…【関】
兼題-大高霧海・選
関ヶ原下天は夢と野馬かげろへり
愛媛 境 公二
文化の日関孝和の描きし円
大分 金澤諒和
関八州闇滅多斬り落雷光
長野 土屋春雄
兼題-岸本マチ子・選
関所跡に寄木細工の秋思かな
千葉 都丸浩美
紅葉燃え関八州へ飛火せり
埼玉 波切虹洋
佞武多祭関羽の髭の迫りくる
宮崎 早川たから
兼題-高橋将夫・選
秋蝶を足してをとこの相関図
徳島 神野喜美
大病は関所のごとし虎落笛
東京 中川 肇
理系なら関数と見ゆ秋の虹
福岡 髙山桂月
兼題-名和未知男・選
関八州睥睨したる青鷹
東京 関根瑶華
関関と小鳥寂寞と故郷
石川 燕北人空
陽関を出でて西域銀河濃し
大阪 伊瀬知正子





2018年| 5月4月3月2月1月
2017年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2016年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2015年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2014年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2013年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2012年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2011年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2010年| 12月11月10月9月8月7月6月
北斗賞&山本健吉評論賞作品募集
定期購読のご案内
・毎月25日発売
・A5判
・定価1,200円(税込)
半年間 6,500円(700円お得)
1年間 12,500円(1,900円お得)
2年間 24,000円(4,800円お得)
定期購読は送料サービス

※定期購読割引は、直接小社にお申し込み戴いたお客様に限り、適用されます。その際、ホームページでお知りになった事をお伝えください。

※購読期間中に特別価格号が出た場合、 差額は当社で負担致します

・ご質問やご不明な点がございましたら、フリーダイヤル  0120-819-575、または、お問い合わせフォームからお問い合わせ下さい。