●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2019年3月号 ○
特   集
「読み」の重さ・深さ
●論考 青木亮人 ●一句鑑賞 宇多喜代子 黒田杏子 山﨑十生 ほか
特   集
長寿結社の秘訣
●論考 川名 大 角谷昌子 ほか
特別作品50句
筑紫磐井
俳句界NOW
江中真弓
セレクション結社
「玄海」
甘口でコンニチハ!
西崎文子(東京大学教授)
私の一冊
岩淵喜代子『投影』
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢29名の選者陣!

添削教室選者
折井紀衣、長嶺千晶(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
兼題選者
大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)


  【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
行秋や落潮ひびく壇の浦
福岡 松尾信也
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
火事眺むる妻の横顔見てしまふ
大分 金澤諒和
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
新館と本館の橋鳥渡る
東京 結城節子
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
芋虫の米軍基地の柵くぐる
埼玉 鈴木まさゑ
兼題
選者:大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
今月の兼題…【心】
兼題-大高霧海・選
九条の心棒ゆらぐ秋の暮
東京 徳原伸吉
夕あきつ陽はまた昇る爆心地
大分 下司正昭
琉球に静心無し寒北斗
静岡 渡邉春生
兼題-岸本マチ子・選
冬立つや五重塔の心柱
徳島 新井義典
独り住む心の闇へ豆を撒く
広島 吉岡準子
生命線伸びる心地の柚湯かな
鹿児島 川路惠子
兼題-高橋将夫・選
月冴ゆる真の闇とは心の闇
大阪 江島照美
冬に入る融けし炉心の熱きまま
神奈川 三枝清司
冬ばらや心ひらくに時かかり
千葉 有田川あき
兼題-名和未知男・選
石たたき叩く大和の塔心礎
福岡 森田和をん
綿虫の心音を掌に確かむる
山形 横道輝久子
無心とは土筆つむことさがすこと
神奈川 竹内美代子
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
南座の楽屋口にも年の豆
大阪 小畑晴子
南座といえば京都市にある歌舞伎劇場である。南座は四条河原の畔にあり、そこは阿国歌舞伎 の行われた所である。冬も終り、明日はいよいよ立春。その節分の夜の豆撒きが南座でも行われ るのである。その準備に楽屋口に持ちこまれた年の豆が置かれている。華やかな感じが佳い。
路地裏に石蹴りの線一葉忌
兵庫 𠮷田光代
今でも石蹴りをしている子供たちを見ないではないが、遊ぶ道具が少なかった昔は盛んに石蹴 りをしたものであった。特に明治の頃はそうであったろう。路地裏の道路上は石蹴りの線がよく 引かれていた。珍しく路地裏に描かれた石蹴りの線を見て一葉忌を思い出したところが佳い。
凍星のソトメの村にオラショかな
宮崎 星たみよ
外海そとめは長崎市の北西部。その南部には今もカトリックの信者が多い。 かつては隠れキリシタンがいたであろう。その隠れキリシタンの祈禱文オラショがキリシタン復活の後でも唱えられてい る。厳しい冬の夜、凍星の下でオラショを聞き、隠れキリシタンのことを偲んだところが佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
三段を投げる初段や寒稽古
愛媛 稲井夏炉
武道のことは門外漢だが、柔道や剣道で、段位が一つ違うというのはどれほどの実力差なのだ ろうか。何れにせよ、柔道で段位の下の人が上の人を破ったのである。大会等の試合の緊張とい うより、寒稽古ならではの修行の雰囲気が却って迫力を伴って目の前に迫ってくる句である。
今生を縛る指輪や梨を剥く
愛知 金子恵美
ちょっとウィットを感じるが、「今生を縛る指輪」は結婚指輪ではないだろうか。長年夫婦と して生活してきた中にはやはり色々な出来事もあっただろう。梨を剥いている時ふとその指輪が 見え、様々なことが浮かんで来た。何気ない仕草から作者の心持が季題を通して伝わってくる。
秋風やあれが丸ビルほら虚子が
東京 渕上信子
現在の丸ビルは虚子が居た頃とは様変わりしてホトトギス社も平成三十年暮れの段階で丸ビル の隣のビルで営業しているが、作者は丸ビルに虚子を訪ねられたことがおありなのだろうか。東 京駅辺りから現在の丸ビルを御覧になりふと虚子を感じたのである。季題が生き生きとしている。
雑詠-茨木和生一・選
十六夜のしづかに潮の引きにけり
東京 向瀬美音
十六夜の夜、潮の満ち止まっていた海上を思い描いてみよう。月のひかりが満遍なく海面を輝 かせている。そして、静かに潮の流れが動き、光を引くようにして潮が引き始めたのである。こ んな美しい光景を、美しく詠み止めている。
幸せな死もある齢日向ぼこ
東京 鈴木須美枝
「幸せな死」とはどんな死だろうか。言葉は「齢」に続いていく。みんなから祝福されて、ご 本人も充分に生きた、なにも思い残すことはないという齢に達したということだろうと思う。日 向ぼこの時間も充実している。
三段を投げる初段や寒稽古
愛媛 稲井夏炉
戦っている二人が初段と三段であるということを知っている人の句。普通なら三段の選手が勝 つに決まっているが初段の選手が勝ったのである。寒稽古が場面を引き締めている。上五、中七 は「三段を投げたる初段」とした方がよい。
雑詠-今瀬剛一・選
切干を煮る香の中へ帰郷せり
愛知 山口 桃
久し振りの帰郷。それを待っていたかの様に「切干」を煮る懐かしい匂いが辺り一帯にたち込 めている。たちまち少年時代の思いに返ったのだろう。すっぽりと切干しの匂いの中にいる作者、 「帰郷せり」という言い放つ様な強い表現が潔い。日本風の家屋、母の温もりまで感じた。
広縁に猫と媼と毛糸玉
静岡 石原良彦
明るい冬の日差しを感じた。大きな入母屋の家であろう。「広縁」「猫」「媼」「毛糸玉」、こう した言葉が作品の中で微妙に響き合って、情景を思わせるのである。媼は毛糸を編んでいる。毛 糸玉が転がる、それを猫が追う、日本風の広縁にふさわしい情景を見事に捉えていると思った。
凩や峠の茶屋の力餅
山形 鈴木花歩
上五を「や」で切って、下五を名詞で止める骨太い形式が力強い作品の内容を見事に支えてい る。もちろん凩は辺り一帯に吹き荒れている。「峠の茶屋」もその中にあるのだ。ここまで歩き 続けてきた作者にとっては、この「峠の茶屋の力餅」は文字どおり力になるのではないかと思う。
雑詠-大串章・選
波郷忌やその門叩かざりし悔い
愛媛 境 公二
どうしてあのとき波郷門に入らなかったのか。いま思うと残念でならない。あのとき石田波郷 に師事していたら、もっと多くのことを学び、もっと多くの人々と交流できたかもしれない。し かし、後悔先に立たず、今からひたすら俳句道を突き進むほかに道はない。
一年が一冊となり日記果つ
長野 土屋春雄
この一年、丁寧に日記をつけてきた。日常茶飯事から世界の情勢に至るまで、自分なりに書く べきことを書いてきた。勿論そこには個人的な喜びや悲しみも書き込まれている。この日記には 自分の一年がぎっしり詰まっている。まさに「一年」が「一冊」になった感じである。
軍服の父が見下ろす冬座敷
静岡 石原良彦
軍服の父(遺影)が静かに冬座敷を見下ろしている。その写真を見るとさまざまな事を思い出 す。召集令状が来た時のこと、道に並んで出征を見送った日のこと、さらには戦中戦後の苦難に 満ちた日々のことなど、思い出は尽きない。「軍服の父」によって奥行のある句になった。
雑詠-櫂 未知子・選
一つ採り二つこぼして零余子かな
神奈川 長浜よしこ
臨場感のある作品である。あの「零余子」を採取する時の、「こっちでは採れたけれどこっち は落とした」とがっかりしている感じもある。華やかさはないけれど、多くの人の共感を呼ぶ句 だろう。
庭石を二つ動かす神の留守
埼玉 猪子洋二
神様はたまたまいないし、庭をちょっと変えてみたいし、ということで動かされた「庭石」。 多少の後ろめたさを伴うのが素敵。ごく地味な句ではあるが、結果として美しい作品となった。
美しき祖母も一緒の七五三
埼玉 日下尚子
小さな子よりも、そしてその子の母親よりもあでやかで美しい「祖母」。これはまことに現代 的な作品である。あれこれいわぬよろしさと、季語のきき具合が何ともいえず素晴しい句だった。
雑詠-角川春樹・選
合鍵の刺さりてゐたる雪達磨
東京 箕輪賢次郎
まるでドラマや映画のワンシーンを思わせる一句である。「雪達磨」づくりは子どもの遊びで あるが、掲句は「合鍵」をもってくることで世界観を一変させた。当事者間には、どのような物 語があるのだろうか。
貰ひ来てただちに炬燵猫となる
新潟 阿部鯉昇
貰って来た猫が家に着くとすぐ、手をのがれて炬燵に入ってしまったという。暖をとるためな のか、それとも新しい環境や飼い主への警戒心なのか。いずれにせよ、猫の生態を捉えながらユ ーモラスにまとめてあたたかい。
使い捨て懐炉は私のことかしら
愛知 吉見ひで
自分と人との関わり方を振り返り、自分の存在はまるで使い捨て懐炉のようだったかもしれな いと自嘲している。ユーモアとペーソスのある作品である。
雑詠-古賀雪江・選
破蓮に水かげろふの華やげり
神奈川 木村かず子
晴れた日の水辺にちらちらと立ち上る気、日差しの為に熱くなった空気で光が不規則に屈折さ れて起こるのが水かげろうである。秋の深まりとともに、破れて無残な姿となった蓮田を頻りに 上る。水かげろうの激しさに只事ではない事を感じた作者は、そのさかんな様子に暫し佇んだ。
山の影ダム湖にひたと冬に入る
神奈川 松井恭子
滋賀県で、こんな景色に出会ったことがある。秋も深まったダム湖は、深い藍の淵が静まり返 っていて、そこに山影がさらに濃く深く沈んでいた。冬は寒さの厳しいこの地である。来るべき 厳冬をはや思わせるような山影を「ひたと」と詠んだ。確かな写生に鍛えられた一句。
雪囲して世事疎くなりにけり
北海道 伊藤やす
作者は北海道の方。ちょっと寒さを防ぐような生易しい雪囲いではなく生活に必然とされたも のであろう。テレビで世間のニュースは全国津々浦々わかるが、世事に疎くなるというのは、雪 囲いの中に暮らす心が感じている事ではないかと思う。雪国に住む人の住環境への哀愁を思う。
雑詠-佐藤麻績・選
味噌少し舐めて信濃の新走
神奈川 堀尾笑王
「新走」は、その年収穫した米を醸造した酒で、「あらばしり」という。新酒は一刻も早く味 を知りたいのは当然。故に、最も単純に土地の味噌を舐めただけで試飲する。それが一番である と言えそうだ。
親方の来てやり直す松手入
奈良 中野庸二
この松の剪定は、弟子が確かに済ませたのであろうが、親方が健在とあれば、弟子の腕は最早 一人前であっても親方は矜持を保ってやり直すのだ。そうした有様が一種の緊張感を見せて、松 は更に美しく見事に映えるようだ。
鷹統べる松に気位ありにけり
神奈川 大矢知順子
鷹は猛禽である。その姿には威厳さえある。その鷹を支配する如く静かに一つにしている松で あれば、おのずと気位があるような雰囲気が生まれてくるのだろう。辺りの空気は静寂そのもの で、しかも厳しく張りつめたものであろう。
雑詠-鈴木しげを・選
このあかき一位を茂吉含みしか
神奈川 竹内美代子
正岡子規の門人・伊藤佐千夫を中心にした歌誌「アララギ」。その下に集まった秀れた歌人に よって大正、昭和の歌壇は隆盛を迎えた。中でも島木赤彦、斎藤茂吉。一位の実はあららぎの実。 この赤い実を茂吉は口にしただろうかと作者は詠む。口にしたに違いないとの念いを込めて。
結城縞織り上がりゆく小六月
大阪 阿久根良一
結城縞と称される織物は紬にしても木綿にしても昔から人気がある。素朴の中に品もあり、粋 もあるところが今に生きている因であろう。結城の機織の実演を目のあたりにしての一句と思う。 結城という固有名詞が小六月によくマッチしている。
小春凪船は舟屋に収まりて
千葉 原 瞳子
船屋は船小屋。船のガレージである。従って、船は船屋に収まりて、は当然のことではあるけ れども、例えば伊根の舟屋の風景を観た者には船屋は「舟屋」と表記したほうが旅情があるよう に思う。ただし、この句は伊根湾の景かはわからない。小春風がよく効いた作である。
雑詠-田島和生・選
裏山に獣道あり大根引
東京 山尾和宏
初冬の穏やかな日、山の畑で大根の収穫を始めたが、大事な大根が食い荒らされている。猪な どのしわざに違いない。裏山の草木が倒れ、獣道も出来ている。山が荒れ、餌が少なくなったた めなのだが、「裏山に獣道あり」とずばりと表現し、現代風景を鮮やかに描いている。
門に来て神を説く人石蕗の花
大阪 保母洋子
門に来客があり出てみたら、宗教の勧誘だった。「この忙しい時に……」と半ば腹を立てなが らも、やんわり引き取ってもらう。足元には、鮮やかな黄色い石蕗の花。「神を説く人」も明る い花のせいか、どこか幸せそう。「門に来て」と具体的に詠み、妙味に溢れた作品である。
産土の焚火に入りし旅の人
兵庫 原 英俊
年の暮れ、村の人たちが産土神社の境内を掃き、落葉などを焚いて手をあぶっているのかもし れない。そこへ、旅の途中に通りかかった人も仲間に入り、話の輪に加わる。「産土の焚火」に「旅 の人」も交じるという温かい風景で、叙情性にも富み、大変いい。
雑詠-辻 桃子・選
反る棒を家になじませ冬構
兵庫 幡 酔歩
いよいよ雪が降る日も近い。青森の私の家も毎年雪囲いをする。一年間、納屋に積んであった 棒や板は微妙に曲がったり反ったりしている。これをなじませるようにして囲うのだ。「家にな じませ」が、これからの長い冬をうっとうしく思っている作者の気分も表していて、深い措辞だ。
銀杏散る投扇遊びさながらに
愛知 石井雅之
銀杏の木から銀杏の黄葉がはらはらと散っている。どの一枚も同じ散り方をするものはない。 落ちてくる葉の行方を追っていると、銀杏の葉が投扇興の扇のように見えてきた。このように詠 まれると、銀杏の木が際限なく葉を落として遊んでいるように思われてくる。
秋草に水禍の泥の乾くまま
福岡 阿比留初見
昨年は日本各地で水禍に見舞われた。今も仮設住宅にお住いの方もおられる。掲句は出水が秋 草を襲い、水がひいたあともその泥が乾いたままにさまざまな草が花をつけているところを詠む。 「乾くまま」と言いさして、あとの言葉が続かないような切れ方が切ない。
雑詠-夏石番矢・選
山眠りタイタニック号浮上せり
東京 杉林秀穂
なんとも不思議な超現実主義的イメージの秀句。冬の山は深い眠りにつき、はるか大西洋上で は、一九一二年に沈んだ巨大な豪華客船が海底から浮かび上がっている。万物停止の冬が生んだ 奇跡だろう。この奇景は何を暗示するのか。なお「タイタニックは」を掲出のように改めた。
ふくろふの古い肺から海の歌
福島 斎藤秀雄
この作者独特の奇想俳句。ふくろうのあの朦朧とした声からの発想で、「古い肺」はすぐ納得 できる。そこから「海の歌」への飛躍がすばらしい。ふくろうは、山にいながら海とつながった 生命であり、その神秘性が強調された秀句。メルヘンが生まれそうな気配が立ち込める。
露の世や玉座のごとくベンチあり
福岡 田島壮則
無常感を詠みながら、この世に見られるひとときの荘厳美を発見した秀作。たくさんの露の玉 におおわれた公園のベンチが、朝日に照り輝いている光景だろう。はかないこの物質界のありふ れた場所でも、ときたま意外な美が現出する。そのときの感動と慰謝は貴重だ。
雑詠-行方克巳・選
牛の眸のもの言ふ被災地の夏野
福島 戸田英一
東日本大震災の原発事故のために、今でも多くの人が苦しんでいます。牧牛なども被災者とい ってよいでしょう。牛は人間の言葉を発することはありませんが、その眸はきっと何かを訴えか けているに違いありません。作者には強くそれが感じ取れたのかも知れないですね。
ピザ窯の奥の炎や初時雨
神奈川 山口せうこ
ピザハウスでの嘱目吟です。職人が慣れた手つきでピザを次々に窯に入れてゆく、その時に窯 の奥の炎が印象的に眼に映ったのでしょう。折からの時雨であたりは暗く、炎の色が一層際立っ ています。ピザと時雨の取合せは一見そぐわないようですが、この句はぴたり決まっています。
焼芋のやうな夫の手我のもの
徳島 佐伯さちこ
ご主人の無骨な手を焼芋に例えているのですが、勿論この句の場合ただの例えではなく、実際 焼芋を手にしているのです。ご主人の手が大好きな焼芋に似ているというばかりではなくて「こ の手は私だけのものなのよ!」と、ちょっとのろけている。とても楽しい句というべきでしょう。
雑詠-西池冬扇・選
ふるさとの泥葱たんと背負はさる
神奈川 小川竜胆
泥葱というのは採りたての泥つき葱ということだろうか。それをたくさん背負わされたという のだ。帰郷の際に土産に持たされたものなら洗ってあると思うのだがどうだろうか。そうだとす れば、この句は帰郷した際に畑仕事を手伝わされた景だと思いたい。その方が面白味を感じる。
日の当たる方に虫寄る野紺菊
東京 山尾和弘
ノコンギクはいわゆる野菊の仲間でヨメナに似ている。わざわざこの名を使う作者はかなり植 物に詳しい方だとみた。どこにでも咲いているので人は注意を払うことも少ない。作者は小さな 花に対して日の当り具合、またそれと共存している虫の状態まで詳しく見ていることに感動する。
冬蜂や上げ下げ窓の司祭館
大分 朝賀みどり
司祭とはカソリックや正教会の聖職の呼称、その方の住んでいるところなのだろうか。確か松 本市に古い洋館がありそれも司祭館だったと思う。上げ下げ窓と聞いただけで構造をイメージで きる名称だが、実際にそう呼ぶらしい。冬蜂を配することで日ざしまで感じてしまう所が良い。
雑詠-能村研三・選
どうせなら神田祭の男降り
神奈川 穴澤秋彦
江戸を代表する祭りは日枝神社の「山王祭」と神田明神の「神田祭」。江戸市民の熱狂ぶりは 今の比ではなかったようだ。あいにくの雨になってもずぶ濡れになりながら神輿を担いだ。男降 りの激しい雨も祭りを楽しむ男たちには何の苦にならず、むしろ高揚感を煽るものであった。
鶏頭の己つらぬく色であり
熊本 加藤いろは
鶏頭は植物というより、生きものに近いような存在感を持っている。生命力も旺盛な花で、真 夏の暑さでもぐんぐん成長し、直射日光の下で真紅や黄色の鮮やかな花を付ける。色も深みのあ るはっきりした色ばかりで、その色からはひ弱さなど全く感じさせない。己を貫き通す色である。
抽象と具象のはざま黄落す
東京 関根瑶華
黄色く色づいた銀杏の葉が、日差しを受けてきらきらと舞いながら落ちてくる。まさに現実を 目に見える形にする力と、ふわっとしたものの本質を捉える力のはざまにあって、具象化した美 しさはしばらく見ているうちに抽象化した世界へと変化し、その間の行き来を繰り返した。
雑詠-山尾玉藻・選
老人が老人いとふ日向ぼこ
京都 塩谷一雄
日向ぼこをしながら、老人を疎ましがり批判的なことを言う人がいます。でもそう言う人もや はり老人ではないか、というアイロニカルな一句です。これを客観写生と解するのか、作者自身 が主体に自分を重ねていると解するか、この微妙さがとても愉しい。
近付いて視線の合はぬ菊人形
青森 田端千鼓
菊人形が遠くから自分を見つめているように感じた作者は、菊人形に近づいて行ったのです。 しかし近づくにつれ菊人形があらぬ方を見つめているのが判ったのです。こんな風に私たちは、 人形の眼に何かしら不思議で気掛かりな力を無意識のうちに感じているのです。
昂りもなく稲刈機直進す
福井 木津和典
今や農家に稲刈り機は欠かせないものでしょうが、第三者の眼にはどうしても機械として映り ます。「昂りもなく」から稲刈り機の順調さが伝わってきますが、人が汗をして稲を刈っていた 音を懐かしむ、作者のこころも感じられます。「直進す」がその感応を強めます。





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