2016 年 10 月号より
二ヶ月ほど前の日本経済新聞に「人生に、文学を。」という一面広告が載った。おもしろい広告だと思って、その頁を切り取り机の横に貼ってある。毎日、その広告を眺めながら「人生に、媚薬を。」「人生に、焼酎を。」などと勝手なことを考えて楽しんでいた。ところがこの広告コピーがブログで顰蹙を買っているという。そのコピーとは「文学を知らなければ、目に見えるものしか見えないじゃないか。文学を知らなければどうやって人生を想像するのだ(アニメか?)」――このアニメか? の一言にアニメファンが嚙み付いた。あらためて読み返してみるとプロの文章としては上等とは言えない。文学様がアニメを見下ろしているような発想は一種の思い上がりである。芥川賞や直木賞に選ばれる作品よりも、地方の同人誌に発表され無名のままで忘れられていく作品こそが真の文学であると私は思う。
2016 年 09 月号より
七月七日に永六輔さんが、七月十二日に大橋巨泉さんが亡くなられた。永六輔さん八十三歳、大橋巨泉さん八十二歳の生涯だった。永さんも巨泉さんも俳句が大好きで「巨泉」という名は俳号であったという。巨泉さんにお会いしたことはないが、永さんとはなんどか酒を酌み交わした。話題はいつも俳句であった。十年ほど前、小誌で文人の肉筆俳句を掲載する企画を立てたとき、永さんは画用紙二枚に俳句九句を書いて送ってくださった。その原稿がまるで絵のように美しい。句の内容によって毛筆、竹ペン、万年筆、ボールペン、鉛筆などを使いわけている。私はこの原稿がどうしても欲しいと思い、編集長を通してその旨を伝えてもらった。数日後、永さんから電話があり、原稿を進呈するかわりにオレ(永さん)のラジオ番組で対談してくれという。放送時間九十分は俳句の話で盛り上がった。
2016 年 08 月号より
「無言館」。先の大戦で強制的に狩り出され戦死した画学生たちの遺作品を展示する。無言は人間の意思表現の一つである。しかし、無言館の無言は、異国の地で散った画学生たちの無念の無言である。夏の月夜、無言館にひとりで座っているとどんなもの音が聞こえるだろうか。風の音、草木のそよぐ音、虫や小鳥の声、などなど。 だが人間の生の声はまったく聞こえない。耳を澄ますと闇の奥から進軍ラッパの音が聞こえてくる。七十年前の夏、国民全員が二度と戦争しないことを誓って平和憲法を発布した。あのときの日本人の心には一片の迷いもなかった。いま安倍政権は憲法改正と軍備強化を声高に叫ぶ。ことしの秋には「無言館」を訪ねてみたい。そして、美術学生たちが残した作品と対面したい。無言のメッセージを聴き取るために。
2016 年 07 月号より
すし屋のチェーン店がテレビで窯焼のCMを流していた。みるからにおいしそうな鰻丼である。牛丼の吉野家も毎年夏になると鰻丼のCMをやっている。ならば、俳句雑誌が俳句以外の特集をやるのも一興かもしれない。そう思いついて今月号は作詞の鬼才阿久悠の特集を組んだ。ペンネームは「悪友」からという。生涯の作詞五〇〇〇以上。歌謡曲、演歌、フォークソング、アニメソングと幅広い。日本レコード大賞、日本歌謡大賞、日本作詞大賞、古賀政男記念音楽大賞など数えあげたらキリがない。二〇〇七年、尿管癌のため逝去。享年七十。阿久悠の言葉。「感動する話は長い短いではない。三分の歌も二時間の映画も感動の密度は同じである」俳句にも通じる言葉である。一冊の句集は大河ドラマに匹敵する。
2016 年 06 月号より
以前、西村和子さんが新聞に「俳句総合誌は書き手を育てる役割を忘れてはいないか」という趣旨の評論を書いていた。それを読んだとき、私は少なからずショックをうけた。当時、「俳句界」の発行を前経営者から引き継いで三、四年目のころで、編集にも経営にも悩んでいた。「書き手を育てる」ということは、斬新な企画で若手の作家や評論家に原稿依頼をするということであろう。いわれてみると俳句総合誌の内容は百年一日の如しである。紙の雑誌はもうすぐ絶滅すると言われて久しいが、それを読者の活字離れのせいにして編集者は一顧だにしない。俳句雑誌だからワクを越えたことはできないと考えるのではなく、むしろ俳句雑誌だからこそ大胆な企画も許されるのだと考えたほうが、新しい途がひらけるのかもしれない。
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