| ■俳句界叢書 |
「緑陰」
樋口俊子 |
背を曲げて低空飛行秋の空
「低空飛行」は、謙譲なご自身の心情
が投影が加味されている。「低空」の
次は反動の「翔上」であり、確乎たる
知性と感性、また真摯な気概は、さら
に上昇気流を招ぶものと期待する。
的野 雄 |
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「翁草」
中野京子 |
豊かな感性と思索で自然と心を詠む
中野京子俳句の軌跡
高橋 将夫 |
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| ■ オリジナル句集 |
「合歓」
山中清子 |
蜻蛉生れ
水のまはりを離れざる
彼女の俳句は、沈潜した思いの定着を目指してしずかに変化して行く。
本格的に心を耕すのはこれからだ。
−阪本謙一(「序」より)
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「雪間草」
鎌田亮 |
雪間草そこだけ風の見えてをり
いかにも雪深い東北ならではの句で、「雪間」は冬の間降り積もった雪が春になって溶けはじめ、ところどころ土が現れているその瞬間をいう。そこには早くも萌えはじめた草を見かける。春を待ちこがれている気持がはっきりと出ている句で、そこに吹いた微細な風にも春の訪れを感じさせてくれた。
能村研三(「序文」より)
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「蒼茫」
梶田悦堂 |
夏鴎いつきに飛んで利尻富士
悦堂氏の句は写生を根底となし、写実を旨としている故か、一集に旅吟が多い。かつて共に旅した地や未知の風土の時空を共有出来るのも、確かな写生の眼に詩の手応えがあるからであろう。
長谷川 久々子
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「花野」
和田昌子
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この『花野』一集は花の句で飾られている。和田昌子さんをあえて花に喩えれば、水辺に咲く「紫あやめ」で、それも水に映った方の花のような気がする。晴れた日の水に映った夕空の中に咲く紫色のあやめは、切なくなるほど美しい。
……高崎公久(「跋」より)
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「絆橋」
福地記代 |
『絆橋』は亡き最愛のご夫君をはじめとして生きとし生けるものへの誠実な絆をもつ抒情の橋である。『絆橋』から真の人間愛、真の抒情を汲みとって下さればこんなにうれしいことはない。
大牧 広
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「長城」
藤田 宏 |
句集の題名である長城は言うまでもなく万里の長城で、中でも八達嶺長城の壮大な風景に妻は心から満足し、涼風の吹く長城の通路をかなり歩いた姿がはっきりと思い出されます。私にとって長城は中国の旅のよき思い出の地であり亡き妻との思い出の地でもあります。
(「あとがき」より)
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「明窓」(めいそう)
八木裕子 |
新人とは思えぬ従ならぬ対決の気息があり、その理念の裏付けによって紡ぎ出された一句一句に、生新の気が満ち溢れていて、実に瑞々しく且つ眩しいばかりである。この『明窓』は、正に大河の一滴である。
島村 正
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「水芭蕉」
蜂谷憲生 |
月光を浴びて魔性や水芭蕉
月光を浴びた水芭蕉の白さを「魔性」と感じたのだ。月の光を受けると、ただの白さとは違う印象なので、妖艶というだけでは足りない。その一歩の踏み込みが、作者らしい。
倉橋羊村(「序」より) |
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「アプレゲール」
柘植草風 |
私たちが過ごした青春時代は、敗戦により価値観が様変わり、押さえつけられていたものすべてが自由の名の下に、とくに若者が無軌道になった時代でもあった。フランス語で〈戦後〉を意味する
apre's guerreからアプレゲール、略してアプレと若者は称された。私もその中の一人であった。
「あとがき」より
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「邯鄲集」
澤本三乗 |
換言すれば、この句集は私の俳句人生に一応区切りをつけたものである。それ以後のわが人生になお余白があれば、それはそれで俳句の修行又は遊行を続けるのみである。
(「あとがき」より)
俳句を作りはじめて以来
約二十年間の作品を精選し、
五百二十四句を収録。 |
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「結び目」
遊佐光子 |
逃亡をくわだてている山桜
綺羅衣も衒いもない
一主婦の眼で日常を平らかに掬い取る。
やさしさ
あたたかさ
なつかしさの三拍子。
富田敏子
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