| ■ 平成俳人群像 |
「坡きょう」
雨宮更聞 |
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書名は、許より天から授かった、坂のある生活環境を躊躇なく享受しての四位實景から『坡きょう』とした。
つまり、坡は、傾斜した土地を指し、「きょう」は、ためらいなく受け入れる意である。殊のほか恵まれた環境への感謝と同時に、坂と共に歩んだ人生の証しから採ったものである。
(「あとがき」より)
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| ■ 平成俳人群像 |
「末来へ」
縣 恒則 |
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遣唐船航きし海原わらび狩
遣唐船が航きし海原を見つつわらび狩りをする。
平成十六年の作者の思いが、千数百年前の万葉人も防人達同じ思いでその海原を見たのではないかと想像させる。その頃もそこにわらびが生えていて、わらび狩りをしていたと想像すればさらに楽しい。
岩崎健一(「序」より)
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| ■ 二〇〇句精選シリーズ |
「春の沖」
中藤 勉 |
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銅鐸の音の空に谺す春の沖
よく旅をされる中藤さんらしい作品である。また故郷から眺められる瀬戸内海の情景とも融合している。まさに著者の情景の代表作として残されるものである。
小澤克己(「序」より)
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| ■ オリジナル句集 |
「湖育ち」
小平 湖
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はらり解く素麺の帯昼ひとり
いつも働きつつ、いつもひたむきな眼差しで生きてきた湖さんの俳句は、太穂先生からつづく、実の系譜にあるといってもいい。
いつまでも新しいことに挑戦する意欲があってそれも好ましい。
松田ひろむ(「序にかえて」より)
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「隠岐しぐれ」
高橋 千美 |
人の子は誰しも故郷を恋うものです。
とりわけ著者は、史跡が多く、美しい風光と、人情の厚い島、隠岐をこよなく愛し、多くの句を遺しました。
題名を『隠岐しぐれ』としましたのは、こうした情景からです。
(「あとがき」より) |
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「北信濃」
安達光広 |
〜住まった長野を中心にした
自然と人情の追求〜
徹底して土地に即した句風が、自らの長野県職員としての異動の中で観察力の鋭さを伴った新風を開いた人。端的に言えば、風土派に深化を齋した人、と言えよう。
中戸川朝人(「序」より) |
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「時間」
滝井菱青 |
句集の上梓を決心しましたのは、雅生主宰と共に歩いてきた永い過去、それを踏まえた現在、そして先師達亡きあとの末来に向かおうとしている一筋の流れを、流れのままに書き留めたいとの願いからです。
句集名も、こうした経緯の中から生まれました。
(「あとがき」より) |
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「樹氷林」
丸山美沙夫 |
自分の生きてきた時代を見つめ、自然や日常生活の中からとられた感動が句集に凝縮されている。
「樹氷林」は、雪国の厳しさの中に林立して育つ樹木の汚れのない煌きである。
(「あとがき」より) |
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「鬨の声」
吉住光彌 |
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残光の枯蓮 どつと鬨の声
枯蓮の姿にこよなく
心を打たれた作者の感性は
枯蓮に愛着を持っており、
句集の題名を
この句から採ったものも頷ける。
星野光二(「序」より)
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「蕗の薹」
松岡悠風 |
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句集の題名は、早春まだ雪の残る畑隅から蕗の薹を二つ三つ摘んで来て、小さな擂鉢で蕗味噌をつくり、晩酌の肴、夕餉の菜にすることが何十年も続いています。そうしたことから、この素朴な名をつけました。
(「あとがき」より)
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「水漬野」
巻 良夫
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水漬野(みずくの)という地名はない。そこを水漬野と言うのは新潟平野のほぼ中心地ながら低湿地帯で、夏の出水では見渡す限り湖と化してしまう土地柄だからである。私はここ水漬野に生まれ育ち、過ごしてきて、おそらくはここで生涯を終えるはずである。
(「あとがき」より) |
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「深雪晴」
高橋久子
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深雪晴越後つついし親不知
地名を越えて作者の心と相俟って越後への思いのようなものを伝えている。越後人らしい純朴さ、実直さ、が顕著である。
木内怜子(「序」より)
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「マロニエの花」
久重サヨ子
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マロニエの花咲き満ちて
巨星逝く
著者の半世紀にわたる努力と、その実直で無垢な人柄を垣間見ることのできる、読みごたえのある一巻である。
皆川盤水(「序」より) |
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