●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2016年9月号 ○
特   集
さらば「萬緑」!
中村草田男と「萬緑」の軌跡
特   集
災害列島日本を詠む
津波~照井翠、佐藤成之、地震~前山光則、星永文夫
台風~岸本マチ子、亀井雉子男
特別作品50句
有馬明人
充実の連載陣!
「牡丹と怒濤ー加藤楸邨伝」石寒太、「俳句の『読み』を読む」ー岸本尚毅、他
セレクション結社
「滝」成田一子
俳句界NOW
大関靖博「轍」
甘口でコンニチハ!
鈴木邦男(政治活動家)
特別作品21句
成井惠子、稲田眸子、山室樹声
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢29名の選者陣!

添削教室選者
河内静魚、山尾玉藻(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串章、角川春樹、岸本マチ子、古賀雪江、坂口緑志、佐藤麻績、鈴木しげを、辻桃子、夏石番矢、西池冬扇、原和子、山田佳乃(敬称略)
兼題選者
大高霧海、高橋将夫、田島和生、田中陽、中西夕紀、名和未知男、能村研三(敬称略)


  【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
教室の子の挙手高し橡の花
群馬 武藤洋一
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
白隠の達磨の目玉蚊の唸り
千葉 松本美智子
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
膕に瀬音はじける岩魚釣
茨城 加藤そ石
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
手をほどく改札口の前夕焼
広島 瀬戸柚月
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串章、角川春樹、岸本マチ子、古賀雪江、坂口緑志、佐藤麻績、鈴木しげを、辻桃子、夏石番矢、西池冬扇、原和子、山田佳乃(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
孑孒と書けば生きいき動き出し
茨城  國分貴博
孑孒という二字は面白く可愛い。ケツは子どもの右腕を、キョウは左腕を切り取ったさまを描いたものという(『漢字源』)。しかし、どちらもよくぼうふらの泳ぐ形を表しているので、孑孒ケツキョウはぼうふらを意味している。本当にこの二字を書くと水中に入って動き出しそうで面白い。
四方から声の集まる野焼き跡
東京  戸井田英之
野焼きを終える頃、四方から「まだ燃えている」とか、「もうすぐ消える」或いは「こっちは消えた」などと情況の報告が集まって来る。その様子が佳く描かれている句である。大規模な野焼きの終了した直後の様子を髣髴とさせる力がある。
トーストのぽんと飛び出す昭和の日
島根  東村まさみ
第二次世界大戦後、十五年たった頃、即ち昭和三十五年頃であったか、トースターとか、冷蔵庫、炊飯器など電気製品が家庭に備えられ始めた。また朝食などで洋食の家庭が増えてきた。昭和の日にトースターからぽんと飛び出すパンを見て、昭和時代を思い出しているところが佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
ぶらんこの鉄の匂ひの手に残る
千葉  中村孝弘
今のぶらんこでもそうなのかどうかは判らないが、確かにぶらんこは塗装されていない鎖であったことを今更ながら思い出す。そして降りた後は手にその鉄の錆の匂いが暫くついているのである。ぶらんこの躍動感を詠んだ句は数多あるが、変わった視点が却って新鮮な句となった。
寡黙なる父子向き合ふボートかな
東京  中村わさび
御存知の通り、ボートに二人で乗る場合、漕ぎ手は進行方向と反対を向き、そしてもう一人は進行方向に、丁度向い合うように乗るのが一般的であろう。寡黙な父親と、そしてこちらも寡黙な子が向い合っている様子が、ボートという夏の季題を通して複雑に伝わって来る句である。
レコードの針置くやうに五月来る
神奈川 大矢恒彦
筆者も実は趣味であったのだが、LPレコードは現在ではあまり見かけなくなった。このレコードに針を置く瞬間の緊張感と期待感はえも言われぬ快感である。その気持を夏に入ったばかりの五月の季題で詠まれたところが、何とも言い得て妙である。初夏の清々しさが漂ってくる。
雑詠-茨木和生・選
余震つづく早苗を深く深く挿す
大分  森田里華
この度の熊本地震では、隣県の大分県でも被害が出た。この句、田に地割れが入ったりなどして田植えが不可能になったというわけではないが、続いている余震のことを考えて、早苗を挿すとき、こころがけて深く深く挿したのである。棚田の小さな田、手植えをしたに違いない。
不登校続ける子にも夏休
福島  坂本節子
中学生だろうか。入学式の後、不登校は続いている。何かのきっかけで登校してくれる日が来るが、その子にも夏休みが来たのである。ハイキングやキャンプなどの催しから参加してくれることを期待して取組みができるのも夏休み。登校のきっかけをこの子も待っているに違いない。
掬はんとき金魚嫌がつてるやんか
大阪  秋山具輝
「掬はんとき」で一息入れて読む。標準語にすると、「掬わないでおきなさいよ」といってよいか。夜店の金魚掬いを囲んでの姉の会話と見たい。優しい姉は「金魚は嫌がって逃げているでしょう」と妹を諭している。それでも妹は、この金魚と思ってひたすら追い掛けている。
雑詠-今瀬剛一・選
朴の花母校は今も坂の上
静岡  山﨑明子
この作品の「今も」という表現にひかれた。この表現の背後には、「昔も」という言葉が省かれている。つまりこの時点で作者の思いは少女時代に戻っている。そうした思いで改めて眼前の「朴の花」をみる。純白の花がより美しく見えてくる。長い歴史を持つ女子校ではなかろうか。
足裏にきしむ板の間夏来る
山形  森谷一芳
夏の到来を体感的に表現しているところが面白い。おそらくは古い「板の間」であろう。民家を思ってもいいし、寺社の渡り廊下や廻廊を考えてもいい。そしてなぜか作者は素足ではないかとも思った。いずれにしてもその床を踏む足音は辺りに快く響いて、夏の到来を感じさせる。
水底に風吹いてゐる燕子花
山形  武田志摩子
池か沼に咲いている「燕子花」であろう。その完璧に咲いている花を思わせながら、作者の視点は「水底」に及ぶ。そこがいい。厚みのある水、その底の辺りが静かに動いていたのであろう。それを作者は「風吹いてゐる」と断定的に見て取った。作者の感性がとらえた真実の表現だ。
雑詠-大串章・選
泡盛や島の唄出て踊り出て
神奈川 井手浩堂
泡盛は沖縄特産の焼酎、芳醇な味わいは魅力的である。その泡盛を飲んで酔いが回ってくると、おなじみの琉球民謡やそれをアレンジした唄が出てくる。さらには手ぶりよろしく踊りまで出てくる。「泡盛や」と打ち出し、「唄出て踊り出て」と続けたところに勢いがあり楽しい。
母の日や中国孤児にならず済み
北海道 菊地直紀
太平洋戦争終了時、中国には約百五十万の日本人がいたが様々な事情で日本に帰国出来ない子供達もいた。所謂中国残留孤児である。私も中国で終戦を迎えたが、幸い引揚げてくることができた。この句、冒頭に「母の日や」とあるから作者は母上のお蔭で無事帰国されたのであろう。
時彦忌一誌持たざりしを惜しむ
愛媛  境 公二
時彦忌は五月二十六日、俳人・草間時彦の忌日である。この句は代表作〈甚平や一誌持たねば仰がれず〉を踏まえている。時彦は会社勤めを辞めた後、俳人協会事務局長として俳句文学館建設に専念、同人だった「鶴」も退会。生涯無所属で通した。俳人として立派な一生だったと思う。
雑詠-角川春樹・選
ひと泳ぎして老人に戻りけり
三重  片岡資郎
現代は「老人」と言えども、体力的にはまだまだ若い方が多い。掲句は、室内プールなどを設えているフィットネスクラブの景であろう。プールの浮力からもとの重力に戻った時の臨場感を「老人に戻る」という措辞でユーモラスに描いている。
陽炎の向かうへ父の靴の音
埼玉  柴田獨鬼
掲句の眼目は、春の季語である「陽炎」を、彼岸と此岸の境界として捉えているところである。ご父君を喪失された悲しみが、「陽炎の向かうへ」という「虚」の措辞を伴うことでいっそう深く言いとめられている。
心天光のままに喉を越す
京都  北畠ケイ
心天ところてん」は、透きとおる見た目もさることながら、じつに涼しやかな食物である。掲句では、目で見た心太の印象を、喉越しにまで押し広げて描いている。「光のままに喉を越す」という食感が言い得て妙である。
雑詠-岸本マチ子・選
八月や月光仮面がゐた昭和
埼玉  波切虹洋
何といっても「月光仮面」がいい。わたしたちにとってのヒーローは月光仮面だった。国産テレビ映画として大ヒットをした月光仮面は、どこからともなくオートバイに乗ってやって来たのではなかったろうか。まさに昭和のヒーローです。
五稜郭に異国語あふれ夏めきぬ
大阪  西向聡志
江戸幕府が北方警備のために建造した五稜郭に幕臣榎本武揚、土方歳三らが立て籠り、官軍最後の抵抗をこころみた。時代が変わったとはいえ、その五稜郭に異国語があふれ、すっかり観光地化しているのも、時の流れと納得しない訳にはいかない。「夏めきぬ」がいい。
青嵐孫にきかるる「いつ死ぬの」
兵庫  井上徳一郎
子供というのは無邪気で残酷なものだ。このおじいちゃんは何と答えたのであろう。そのうち百歳が平均寿命になるとしたら、「いつ死ぬの」が普通になるのかも。せめて希望としてホスピスというか、自然に旅立ちたいものである。
雑詠-古賀雪江・選
田水張り村整然と息づけり
岡山  西村牽牛
田植前、水を入れた面を掻きならし、肥料を土中にまぜて水を張る。田植の準備完了である。昔は、籾播は八十八夜、それから三十三日目に田植、という地方が多かったと聞くが、最近は天象異変もあってまちまちのようだ。水を張って整然と明るくなった村が元気に見えた作者である。
雨雲の行方追ひつつ袋掛
千葉  塩野谷慎吾
初夏、果樹園ではまだ若い果実に害虫のつくのを防ぐため、新聞紙、ハトロン紙などで作った袋をかぶせる。枇杷がもっとも早く、桃は五月、梨、林檎、柿は六月ごろと聞く。袋掛けは晴天の日に行いたいと、雲の行方が気になる。作者は千葉の方であるので、梨の袋掛けかと想像した。
山並は雲を育てて朴の花
大阪  名倉芳子
朴の花は、モクレン科の落葉高木で山地や林中に自生することが多い。高さがあり、枝の先に上向きに花が開くので、香り高いが葉畳の下からは見えにくい。高く咲く朴の花は空のもので、大輪の花のその先には、連山に湧きつぐ白雲が。そんな様を見ている作者の高揚を想像した。
雑詠-坂口緑志・選
流木を焚けば塩噴く鑑真忌
茨城  國分貴博
唐の僧・鑑真は、乞われて日本を目指すが、渡航を五度失敗し、六度目にやっと来日した。それも失明をしての来日であった。海水を含んだ流木を燃やせば、塩が噴き出したというが、鑑真の苦難を象徴しているかのようだ。鑑真忌は旧暦の五月六日、新暦では今年は六月十日であった。
一杓を持て濡れ賜ふ甘茶仏
高知  西岡晴美
釈迦は生まれてすぐに、四方に七歩ずつ歩き、右手で天を、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と言ったという。その誕生を祝い、花御堂を設え、水盤上の甘茶仏に甘茶を灌ぐ。小さな柄杓のたった一杓の甘茶だが、小さな生まれたままの姿の釈迦には、十分な産湯なのである。
茅舎忌や遠くに見ゆる朴の花
山口  御江やよひ
遠く咲く朴の花を認めて〈朴散華即ちしれぬ行方かな 川端茅舎〉の句を思い起こしているのであろう。おりしも茅舎忌、七月十七日である。茅舎は、この「朴散華」の作品他で「ホトトギス」八月号の巻頭になっている。そのことは、亡くなる二日程前に知らされていたという。
雑詠-佐藤麻績・選
梅花藻の上行く水の速さかな
兵庫  池井眞理子
水ぬるむ季節になると、水面に萍が目立つ。梅の花に似ている故にその名を持つ「梅花藻」は、可憐さが目につく。その水面は風の影響と日ざしを受けて、速度のある水の流れとなっている。暖かい水の流れを捉えた、動きの見える作品である。
郭公の鳴けば鳴くほど静かなり
埼玉  坪井一男
郭公は頭上に聞くこともあるが、離れた山麓や湖沼からもとどく。そして夜明けに聞くこともある。はっきりと高く「かつこう、かつこう」と鳴かれると静止せざるを得ない。その声は辺りを静寂にするものがある。
家庭訪問先づ兜虫見せらるる
三重  岡田良子
珍しい句材であり、ほほえましい作品。家庭訪問はお互いに少なからず緊張感がある。先ず生徒が飼っている兜虫を見せられたとは、教師に親近感を抱いている証しであろう。また、訪れた教師には安ど感があって詠まれたのであろう。
雑詠-鈴木しげを・選
母の日の横田早紀江の髪白し
兵庫  原 英俊
横田早紀江さんは北朝鮮によって拉致された横田めぐみさんの母である。当時十三歳であっためぐみさんが忽然と姿を消してからすでに四十年近い歳月が経とうとしている。父母の悲しみ憤りは言葉にならない。母親である早紀江さんの胸にめぐみさんが帰って来ることを祈るばかりだ。
やかんより麦茶とくとく実家なり
千葉  立花 洸
作者の実家が何処かはわからないが、まだ昭和の匂いを残す家が想像される。麦茶は一般的には冷やして暑い盛りの飲物になるわけだが、これを製する過程は時間もかかるし暑さも相当のものである。大薬缶から注がれる麦茶の味はペットボトルのものとは違う。まさに実家の味である。
鳥海山の風に扇子をたたみけり
秋田  宮本秀峰
鳥海山は秋田と山形の県境にある山。松尾芭蕉の『おくのほそ道』の象潟の段に出てくる。はじめは「雨朦朧として鳥海の山隠る」、翌日は「風景一眼の中に尽きて、南に鳥海、天をささへ、その影映りて江にあり」と筆を尽す。山頂には雪が残っているだろう鳥海山の涼風まさに千金。
雑詠-辻桃子・選
昆布刈り手繰るかいなに汐奔る
北海道 大坂 博
北海道の昆布漁の句だ。浜から少し離れた岩場近くに舟を出し、かぎ棹を使って昆布をたぐり寄せ、引き上げる。その腕に波がかかり波が奔るというのだ。「手繰る腕に汐奔る」という、無駄のないきびきびとした表現で昆布刈りのその場に居合わせているような臨場感が出た。
人去りて明日は喪主なり夕桜
福岡  白水朝子
お悔やみの客がひっきりなしに訪れ、悲しんでもいられないほどだった。明日は喪主として葬を取り仕切らなければならない。そう思って外を見ると満開の桜が。〈死にたれば人来て大根煮きはじむ 下村槐多〉の句に対して、「人去りて」と転じた。この句の実感もそこにある。
蠅叩きありて親しき乾物屋
福岡  奈良﨑博秋
干椎茸や、鰹節や、魚の干物やらを売っている乾物屋。今ではどれもビニール袋に入っているが、それでも時折蠅がくる。今ではもう見られない蠅叩きが置かれているのを見て、とても親しい感じがしたのだ。しばらく前に直木賞を受賞したねじめ正一の『高円寺純情商店街』の世界だ。
雑詠-夏石番矢・選
泉掬う聖痕に手を触れるごと
北海道 塩見俊一
「泉」は季語としては死語ながら、世界的な超季のキーワード。この一句では、とくに精神的な深みを添えている。おずおずと奇跡的な亀裂に手を差し出すしぐさが、泉とイエスへ向けておこなわれる。聖痕から流れ出る血と、地の穴から湧き出る清水との等価性の発見はすばらしい。
新緑が鬣立ててやつて来た
群馬  本田 巖
新鮮な初夏の植物のありさまを、この上なくいきいきととらえた秀句。その手柄は、「鬣」という暗喩発見による。遠くに消え去っていた植物の生命力が、「鬣」となって到来すると、見ている側も心身が高揚し、若返る。その上、別のすばらしいものも連れて来るにちがいない。
ガス灯の虹を見上げるフランス人形
東京  菊地雅子
哀しい童話が始まろうとしているかのような一句。フランス人形は美しいまま、道端に捨てられたのだろうか。街路の「ガス灯」に見えた「虹」に、彼女は何を読み取ったのだろうか。誰かが彼女を拾うのだろうか。読者に連想を自由に繰り広げさせる力がある。
雑詠-西池冬扇・選
笛吹川富士より高く投網打つ
神奈川 荒谷 誠
富士を背景に、それより高くまで広がる投網。歌川広重の絵画をみるようで、雄大な動きのあ る景である。笛吹川という固有名詞も良い。俳句は言語であるから、読者の想像力を刺激するよ う表現することが必要。二句一章のオーソドックスな形式だが、この句の表現にはその力がある。
万緑や乳母車から手が四本
徳島  錦野斌彦
「万緑」はイメージの発展性が少ない季語だが、乳母車は象徴性やイメージの発展性のある言葉だ。生命力の象徴である万緑の中に乳母車の双子の姿は微笑ましい。だがこの句の乳母車に生命の危うさや魔的な世界とのつながりを感じるのは手が四本というモノ的表現のせいかもしれぬ。
正面の駱駝の貌や風薫る
広島  谷口一好
モノだけを示し、読者にイメージを想出(思い出す)させる技法がある。駱駝のイメージは多くは全体像で横からの瘤のある姿だ。真っ正面から駱駝に相まみえた人は驚くはずだ。何とも茫洋とした大人風、まさに顔でなく貌がふさわしい。風薫る季節、駱駝も作者も良き世界を夢見る。
雑詠-原 和子・選
晩年に語る朋あり白牡丹
神奈川 長濱藤樹
晩年の生き方こそ創意工夫。長く生きてきた体験に基づく品位、価値観が問われる。この年代で真に語り合える朋のいることは何と幸せなことであろう。「朋」の一語に話し相手を誰でも彼でもなく、しかと決めているところに清さがある。「白牡丹」が作者の真情を伝えて余りある。
青葉冷大和茶粥を啜りけり
和歌山 山本石龍子
大和と呼ばれる地方ではよく茶粥を頂く。特に朝餉の茶粥の風習は、時に旅人の胃の腑も癒し土地の持て成しとして風土と共にある食文化のありがたさを味わわせてくれる。私は茶粥というと奈良を訪ねた折が思い出される。日常的に啜られる茶粥が「青葉冷」によって一入身に沁みる。
幸せな沈黙があり遠郭公
福島  菅野奈美江
事柄を抜けた作者の落ち着いた心の景の現れた句として評価。「幸せな沈黙」とは一体いかなる「沈黙」か、饒舌な無意味な言葉をすべて消した内省の豊かさが考えられる。福島をとりまく環境の中で詠まれているが、遥かから聴こえる郭公の声に次のステップへの明るさが感じられる
雑詠-山田佳乃・選
トーチカの穴より覗く昭和の日
北海道 花畑くに男
「トーチカ」とは戦争で使われた防御陣地。沖縄などにはまだ遺されているのだが、銃弾跡な どの凄まじい気配が漂う。昭和の日に激しい戦争のあったことを思いつつ、いまも各地で争いの 絶えない現在を覗き見ているような様子が想像される。「昭和の日」という季題がうまく嵌った。
やはらかに鼻つままれし蛍の夜
神奈川 安藤 斉
真っ暗な中、蛍狩りにでて見とれていると、どこからか鼻をつままれた。いたずらをされたのだろうけれど、「やはらかに」という措辞で情や優しさも感じさせて蛍の夜のしっとりとした雰囲気と響き合っている。実体験の句かと思うが、あれこれ言わずすっきりとした一句となった。
故郷は西瓜ごろごろ地震続く
神奈川 渡辺正剛
「地震」ということで九州熊本のことだと想像されるが、熊本は西瓜の出荷量が日本一だそうだ。あちこちにごろごろと西瓜が育っている景を見て大きくなられたのだろう。「ごろごろ」というオノマトペがどこか地震も連想させ、揺らぐ大地に西瓜が転がっている様子が印象に残る。
兼題
選者:大高霧海、高橋将夫、田島和生、田中陽、中西夕紀、名和未知男、能村研三(敬称略)
今月の兼題…【今】
兼題-大高霧海・選
被爆地を今踏むオバマ聖五月
愛媛 境 公二
今生の禱りはつづく原爆忌
広島 別祖満雄
今もなほ終らぬ母の終戦日
福岡 西村 笙
兼題-高橋将夫・選
七十路の今が極楽三尺寝
京都 甲斐惠以子
竹皮を脱ぐ今だから言える過去
東京 石口 榮
今生の風に驚く初桜
大分 堀田毬子
兼題-田島和生・選
地震今もつづく大地に種を蒔き
福岡 奥苑靖子
今灯る青田の中の村役場
宮崎 岡本和子
千年の礎石に今も青蜥蜴
福岡 宮尾正信
兼題-田中陽・選
目には青葉今憲法をどうしたい
大阪 熊川暁子
サングラス今日この頃を斜に構へ
大阪 北山日路地
野を焼いて今日の疲れを風呂に捨て
北海道 漆崎とし子
兼題-中西夕紀・選
剝きたての葡萄のごとし今日の月
広島 津田和敏
今一度駆け出せさうな五月晴
北海道 神 明美
路地今も昔の遊び昭和の日
佐賀 萩原豊彦
兼題-名和未知男・選
朴咲きて今年また訪ふ朱鳥句碑
福岡 市川武子
父母の亡き今はまなすは遠き花
北海道 井上映子
月今宵稚は宇宙語発しけり
福岡 松尾信也
兼題-能村研三・選
今生をこの地に生きて風薫る
熊本 石橋みどり
草引きの今が辛抱畑いくさ
長野 栗原久江
今生の草引きふつと命惜し
東京 関根瑶華





2016年| 9月8月7月6月5月4月3月2月| 1月
2015年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2014年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2013年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2012年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2011年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2010年| 12月11月10月9月8月7月6月
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