●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2019年9月号 ○
特  集
30代俳人
髙柳克弘 涼野海音 抜井諒一 西村麒麟 神野紗希 左藤文香 生駒大祐ほか
防災の日特集
富士山噴火
吉本充宏 石峯康浩 (山梨県富士山化学研究所)
特別作品21句
小杉伸一路 日下野由季
俳句界NOW
藤田直子
セレクション結社
「薫風」
甘口でコンニチハ!
田中秀征(政治家)
私の一冊
安立公彦『随筆歳時記』
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢28名の選者陣!

添削教室選者
折井紀衣、長嶺千晶(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
兼題選者
大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、加古宗也、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)


【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】

※印のついた句は、ダブル特選賞もしくはトリプル特選賞です。


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
白靴の走る形に脱がれをり
神奈川 鳥海悦子
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
鳴き竜の青水無月の目玉かな
東京 曽根新五郎
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
フォスターを笛で吹く孫風青し
三重 石田ひでお
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
母の日や母の遺愛の花図鑑
富山 そうけ島紀代子
兼題
選者:大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
今月の兼題…【根】
兼題-大高霧海・選
憲法記念日核根絶の道遠し
三重 石田ひでお
憲法の根太の弛びし梅雨の闇
東京 徳原伸吉
根刮ぎの軍国悲劇敗戦忌
長野 土屋春雄
兼題-岸本マチ子・選
根室本線海霧ガスの中へと消えゆけり
千葉 岩瀬孝雄
根つからの江戸つ子三社祭かな
東京 岡田敏彦
おひねりの大根役者村芝居
愛知 吉見ひで
兼題-高橋将夫・選
酢漿草や我が心根の錆を磨ぐ
福岡 坂本晶子
借りひとつ返す玉葱垣根越し
神奈川 三原利子
根負けをして橋掛ける天の川
石川 前 九疑
兼題-名和未知男・選
鳥海山ちょうかいの風を背にして菊根分け
秋田 宮本秀峰
木洩日と蛭降つてくる木の根径
愛知 山口 桃
根つからの焼酎党にして美人
愛媛 松田夜市
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、加古宗也、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
谷七つ托卵いくつほととぎす
東京 樋口昇る
時鳥は南方から日本に五月上旬頃飛んで来る。万葉の時代から日本人に愛され、和歌や俳句に 登場。初音が待たれるのは鶯と時鳥ぐらいだ。時鳥は巣を作らず卵を鶯などの巣に産卵する不思 議な性質を持っている。この句では七つの谷に幾つ托卵したかと問い掛けているところが面白い。
小面に火の色ゆるる薪能
埼玉 吉澤純枝
薪能は本来陰暦二月の興福寺の修二会に、南大門で行われた神事能。現在は五月十一、十二日 に行われる。今日では多くの社寺で夜間行われる野外能も薪能と呼ばれる。どちらも薪の火を照 明とするからである。この句では小面に火の色が映り、ゆれている様子を描いたところが佳い。
白粥の宿を発ちたり鑑真忌
神奈川 尾﨑千代一
鑑真の故郷は中国江蘇省江陽県。江蘇省に限らず中国では朝粥を好んで食べる。日本でも奈良 の宿など朝食に白粥が出る。この句の宿が日本か中国かは判らないが、鑑真に関係ある揚州か、 唐招提寺の近くだろう。朝食に白粥を食べ、今日は鑑真忌だとしみじみ感じたところが佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
風光るブラスバンドの動くたび
兵庫 稲谷有記
屋外や体育館等の広い会場で演奏されたマーチングバンドであろう。ただ行進しながら演奏す るだけではなく、色々な動作をしながら演奏をするのが最近のスタイルだろう。季題の姿から、 明るいマーチを演奏している姿が伝わってきて、読者をしてうきうきとした気分にさせられる。
夏めいて半袖の街動き出す
熊本 石橋みどり
立夏も過ぎ、夏めいてくると人は更衣をして、それまでの厚い洋服や着物から薄手のものに着 替えるのである。そんな人の姿を想像するが、それを人に対する視点を越えて街全体に着目した ことによって誠にスケールの大きな句として伝わってくる。暑さよりも涼しさを感じる句である。
箱庭に友をり飼ひし犬もをり
三重 藤原 紅
最近では、箱庭を趣味にしている人はかなり減っているのではないかと思われるが、ミニチュ アの景色を作り、そこに池や川を作って水を流すという趣向は、昔から夏の季題として親しまれ てきた。友に似せた人や、飼い犬に似せた人形を配置して、涼しく楽しんでいる姿が微笑ましい。
雑詠-茨木和生一・選
尻皮の山伏揃ふ山開
兵庫 森山久代
この句の山開き、一般の登山者を対象にした山開きではない。尻皮を付けた山伏たちの山開き である。吹きならす法螺貝の音も響く修験の山の山開きである。
蜃気楼津波に消えし船並ぶ
群馬 工藤弘子
沖に蜃気楼が現れた。不思議に思って眺めていると、沖に並んで現れている船は、記憶に残る 津波にさらわれた船である。日ごろから気にしていることが現実のものになった。
子へ持たす絹莢筋を取つておく
栃木 石塚千穗子
あるいは絹莢の料理方法を知らない子かもしれない。そんな子が今なら不思議ではない。筋を 取っておいてやらないと、食べるのに苦労することが親には見えているのである。
雑詠-今瀬剛一・選
水も風も足りて早苗の機嫌よし
神奈川 三枝清司
田植えを経験した方の作品ではないかと思った。植え終わった田に水をいっぱいに張り、それ を改めて見渡した時の感慨を詠んだのであろう。田の一面にさざ波が立ち、植えた苗は生き生き として風に吹かれている。下五の「機嫌よし」という言葉からは作者の明るい心も感じられる。
暮れなづむ肥後の山なみ桐の花
宮崎 堀内サキ子
日暮れ方の情景、それも大きい情景を感じさせる。こうした景を詠むときに心がけねばならな いのは情景の焦点化ということだ。その点、この作品は「桐の花」がしっかりと響いて、そこか ら広がる「肥後の山なみ」を見事に捉えている。山々の起伏がはっきりと見えるように思う。
声あげて泰山木の花数ふ
福岡 松尾信也
泰山木の大きく白い花、それが沢山咲いたのであろう。作者は嬉しさの余りその数を数えたの である。高く仰ぎながら、木の周りを何回も回って数えたかもしれない。「声あげて」という表 現に作者の嬉々とした心、表情までも感じられるようだ。日常の驚きの表現として心引かれた。
雑詠-大串章・選
ふるさとの早苗饗つひに途絶えけり
兵庫 大谷千秋
嘗ては田植えが終わると田の神を送り、ゆい 仲間や早乙女たちを招いて酒宴を催した。しかし近 頃はそうした風習は途絶えた。並んで田植えをする早乙女たちの姿も最近は見られない。今は田 植機一台で田植えをすませる時代。そうした農作業の変化も早苗饗さなぶり が途絶えた理由の一つだろう。
明易の潮騒を聞く旅の宿
佐賀 大石ひろ女
海辺の旅館で旅の一夜をすごす。夏の夜は短く夜明けは早い。朝早く目を覚ますと潮騒が聞こ えてくる。部屋はすでに明るく天井もよく見える。いつもと違う雰囲気の中で潮騒を聞いている と、改めて旅に来たことを実感する。この旅、良い思い出になるにちがいない。
月はただ眺めるものと思いたし
埼玉 澤田千津子
月の兎やかぐや姫に思いを馳せ、月をただ美しいと見上げた子供の頃が懐かしい。月は眺める だけでいいと思う。しかし現代は科学の時代、各国が月面探査機を打ち上げ、月面の水を発見し たり月の土壌を持ち帰ったりしている。そうした時代であればこそ、この句はどこか捨てがたい。
雑詠-櫂 未知子・選
鷗飛ぶ高さに住むや籘寝椅子
東京 森田豊久
地に近い詠み方のされることの多い「籘寝椅子」。この句は実に珍しい場所を設定している。 作者は空と地の間に位置する住居にいつつ、季語の存在感を忘れずにいる。まことに現代的な一 句である。
何処へでも行ける切手や雲の峰
東京 矢作十志夫
いわれてみると、なるほど。「切手」を最初に考えついた人は偉い。あれこれ拘束の多い人間 と異なり、あの小さな断片は地球の裏側へでも自在に行ける。小さなものと大きなものの対比が まこと俳句的。
さくらんぼ少女の涙すぐかわく
福井 大森弘美
その「涙」は噓ではなかったのだろう。しかし、十代の女の子の流したものは、どこかしら実 を伴わないものだったに違いない。とても難しい季語を冷徹ともいえる視点で仕上げた一句だと いえるかもしれない。
雑詠-加古宗也・選
記憶より小さき母校若葉風
埼玉 吉澤純枝
久しぶりに母校の正門の前に立った喜びが率直に詠まれていて心地よい。この母校は小学校に 違いない。ゆえに「記憶より小さき」なのだろう。遠い記憶が次々に甦ってくる喜びが手に取る ように見えてくる。夢で大きく胸がふくらんだ記憶が「若葉風」という季語で見事に表現された。
風光るブラスバンドの動くたび
兵庫 稲谷有記
○金管楽器を中心とする演奏の圧倒的な迫力が心地よく伝わってくる。金管楽器は動かすたびに きらりと光るが、「風光る」という春の季語が、それに見事に呼応して、五体に浸透してくる。 さらに「動くたび」という表現によって、よりリアリティが増し迫力のある一句になっている。
口にせぬ介護の労や生身魂
鳥取 木嶋朗博
介護の厳しさはあらためて言うまでもないことだが、「老老介護」はそれこそ筆舌つくしがたい。 つい愚痴も出る。ところが愚痴を一切言わない人がいるというのだ。ゆえに「生身魂」と呼ぶに ふさわしいというのだろうが、こんなせつない俳句に初めてぶつかってしまった。
雑詠-角川春樹・選
風薫る鬼語駆使する小学生
石川 山下水音
「鬼語」をモチーフにしたところが大胆でおもしろい。登場人物が小学生であるのもいい。少 年の未熟さが神秘さに通じて、異界のことばを駆使するという発想をうまく着地させている。
何処へでも行ける切手や雲の峰
東京 矢作十志夫
未使用の切手を見ながらの着想であろう。手紙の宛先さえ決まれば、おのずと切手の旅程が定 まる。作者は、本当に手紙を書きたい人物の消息がつかめないのかもしれない。「何処へでも行 ける切手」が手元に残っている悲哀を思わせる。
鷗飛ぶ高さに住むや籘寝椅子
東京 森田豊久
海辺のマンションの一室や、小高い場所に居を構えているのだろう。ちょうど、窓外の鷗がよ く見えるという。「籘寝椅子」に寛いでいる心地と、鷗のゆったりとした飛翔がうまく照応して すがすがしさが伝わる。
雑詠-古賀雪江・選
稲刈つて夜はすとんと村眠る
鹿児島 神﨑義史
初夏の田植とはまた違った忙しさに追われる稲刈。刈った稲は稲架に掛けられたり、稲車など に運ばれる。日々に昼も短くなって行く頃、忙しかった夜は早々に寝につく事であろう。「すと んと」の措辞に、一村が黒く寝静まって、村を照らす満天の星までが見えるようである。
仕舞湯に祭の髪をほどきけり
埼玉 波切虹洋
この町に生まれ育ち祭りの日の動きは体が覚えている。毎夜の稽古囃子に心弾む日々が過ぎて、 当日はねじり鉢巻に法被姿で神輿を担ぎ存分に楽しんだ。美空ひばりの「お祭りマンボ」の唄を 思った。そして仕舞湯に今日の楽しさを思い出しながら髪をほどき、終わった祭りを思った。
総帆展帆風かがやきて夏来たる
愛媛 境 公二
横浜ランドマークの前に繋留の練習帆船日本丸は、定期的に総帆展帆を行う。近くに住んでい る筆者には馴染みの景で、その一部始終を、船長の説明を受けながら見たこともある。帆を張ら れた帆船は翼を得たようで、大海原を行く雄姿が思い浮かんだ。翼を得た白帆が夏を呼ぶようだ。
雑詠-佐藤麻績・選
平成の終りの桜隠しかな
静岡 樋口桂紅
五月一日から元号は「令和」になった。即ち四月は平成の終りである。その四月に「桜隠し」 の雪が降った。桜隠しとは、桜が咲き出した春に雪が降ることである。春の雪の傍題。桜を迎え ているときに雪とは驚きであるが、珍しい気候に一句を詠めたことはよき出会いと言えそうだ。
窯出しを待つ日の朝や百千鳥
東京 古谷 力
窯出しは、何時間か何日か焚き続けた陶磁器を窯から出すことであり、期待をもって行う作業 である。その朝は周りのいろいろな鳥も賑やかに囀っている、とはなんとめでたいことか。失敗 の少ない焼きあがりが予想されるようだ。
祭終ふ後悔少し残しつつ
埼玉 柴田獨鬼
祭りをするには多くの準備が必要だ。先ず伝統を大事にし、現在の係りの多くを出来るだけ充 たすことに努める。現実はすべてが満たされることはなかろう。だが真実真剣に行う、そして終 わる。この句のごとく「後悔は残る」。何事も人の成すことはこうなのだ。
雑詠-鈴木しげを・選
ほうたるの佳境に母を招きけり
広島 村上 宝
佳境という言葉が一句の要である。佳境はいうまでもなくよりよい場面ということだが、これ がほうたるにつくことで、詩語になり得ている。そうした妙なる景色を母に見てもらいたい。母 への一途な心情が「母を招きけり」の表現によくあらわれている。
勾配に挑む機関車竹煮草
東京 山尾和弘
この機関車はトーマスかやえもんか。なんだ坂こんな坂と登っていく。急坂はアプト式鉄道だ ろうか。蒸気機関車ならなおのこと。「挑む」の言葉が効いてくる。竹煮草の季語が一句の景を 見事に写し出している。
稚鮎飛び水は光となりにけり
滋賀 山本 浩
作者は滋賀の人。この稚鮎はおそらく琵琶湖に放たれたものであろう。鮎の子の育つ春のまぶ しさに満ちた作といえよう。中七から下五へかけての垂直の調べがこころよい。それは生活のよ ろこびといっていいのではないか。
雑詠-田島和生・選
雲 の 峰 砂 場 に 光 る 泥 団 子
静 岡 小 泉 博
さっきまで子供たちが遊んでいた砂場には、泥で作った団子が残り光っている。子供たちは家 に戻ったのか声も聞こえない。遠くの空に湧き上がる雲の峰。砂場に光る小さな泥団子と、大空 に輝く白い入道雲を対比させて詠み上げる。写生力と表現に優れ、秀逸である。
金閣の池を掃きゐる風五月
大阪 髙田敏雄
金閣寺は足利義満の山荘で、金箔を押した建物が池に影を映す光景で有名。掲句はその池掃除 をする風景を「池を掃きゐる」とさらりと詠む。底をさらした池を爽やかな五月の風が渡る。掃 除を終えた池にはやがて水が張られ、元のような荘厳な光景を想像させ、大変妙味に溢れている。
井戸だけの屋敷の跡や黄砂降る
沖縄 真喜志康陽
かつては立派な屋敷が建ち、賑やかな話し声も聞かれたが、今はぽつんと井戸を残すだけ。春 も半ば、空からモンゴル方面の黄土地帯からの砂塵が舞う。やや暗い光景だが、作者が沖縄在住 で、戦争で破壊された屋敷跡と思えば、作品の意味は重い。別句に〈銃弾の残る榕樹や春彼岸〉も。
雑詠-辻 桃子・選
ででむしの肉の食ひ込む網戸かな
大分 松鷹久子
永田耕衣の句〈かたつむりつるめば肉の食ひ入るや〉を思い出す。かたつむりがつるむという 耕衣の妖しい発想を大きくひねって、ただの「網戸」の景に落としたところがおもしろい。「で でむし」の肉の粘着性と「網戸」の金属の感触が、日常の倦怠感ややりきれなさを思わせる。
昂りて うれ の行き来や巣立鳥
東京 小田美惠子
親の運ぶ餌を食べて成長し、巣立ちを迎えた鳥が巣から出て枝を行ったり来たりしている。未 知の世界へ飛び立つ不安と昂りを抑えきれないというように。そしてある瞬間にそれまでの逡巡 を打ち消すように飛び立つ。その直前の巣立鳥の様子を生き生きと写生していて臨場感がある。
荒梅雨やプレハブ小屋の文芸部
神奈川 小野久雄
新しい部室が出来るまでの仮設とも考えられるが、伝統ある文芸部の部室なのだろう。粗末な 小屋の中で部員たちが熱く文芸を語っている。ひと昔前ならガリ版を切り謄写版で印刷した作品 を読み合って。いかにも文芸部らしい。プレハブ小屋の外は梅雨の激しい風雨が吹き荒れている。
雑詠-夏石番矢・選
狼の胃ぬちに過ごせ万愚節
兵庫 松林孝夫
万愚節は英語でAll Foo’l s Day、フランス語でPoisson d ’avril(四月の魚)。春先の変化を明確 にするキリスト教以前の祭礼が起源。狼に喰われ、呑み込まれて、その胃袋で苦しみながら過ご すのも、ブラックユーモア的滑稽。赤ずきんちゃんの話も連想される。さて、その後の展開は。
滴りの中に目の神喉の神
佐賀 大久保花舟
清らかに湧き出る真水の一滴一滴に、目の病気、喉の病気を癒す神がいると考えたというより は、そう信じて生まれた一句である。これはフランスのケルト系のブルターニュの泉の信仰に近 い。この他の神、たとえば、鼻の神、耳の神、歯の神などもいると連想を広げてゆくと、楽しい。
巨船めく武家屋敷ありかぎろへり
東京 大串若竹
インドネシアでは家が船の痕跡を残した古い様式の民家があり、広義の倭人の文化風習だった ようだ。日本の高床の武家屋敷に、「巨船」のおもかげを感じ取っても、実はこのような根拠が ある。それが春のかげろうの向こうにあるのならば、やはり懐かしく神秘的な雰囲気に包まれる。
雑詠-行方克巳・選
母の日やずつと貧乏だつた母
愛知 梅田昌孝
ある年齢になってはじめて自分や自分の周辺のことにも思いを致すことが出来るようになりま す。母の日という今日、自分はかつて母に何をしてやれただろう、とそればかりが思われます。 ゆとりなど全くなかったはずの母はそれでもしっかりと自分を育ててくれたのです。
妻に杖あづけ茅の輪をくぐりけり
東京 山城ゆずる
常日頃、杖を手離すことの出来ない毎日です。たまたま茅の輪をくぐる時、少し無理をしてで も杖にたよらずトライしてみたかった。いぶかりながらもその気持をくんで見守ってくれる奥さ んがあればこそのことですね。「あづけ」に心の通い合いが見られます。
ダンボール一箱つぶし三尺寝
宮崎 萩原郁美
三尺寝とは、忙しいさなかほんのわずかな時間、あるいは手狭な所で昼寝をむさぼることです。 たまたま近くにあった段ボールをこわして敷物にしたというのですが、いかにも不骨な男の三尺 寝というべきでしょう。一と三という数字がさりげなく生かされていることにも注目です。
雑詠-西池冬扇・選
草笛をみんなで吹いて星ふやす
兵庫 井上徳一郎
「星ふやす」は星が見えるようになるまで遊んでいる景を表しているのだが、まるで子供たち の草笛が星を生み出しているのだというメルヘン的なイメージを生み出している。散文的な表現 だが、「みんなで」「ふやす」と他動詞的に言い切ったところに、詩的なふくらみの効果を感じる。
ががんぼの楽譜の上に落つる音
東京 箕輪賢次郎
ががんぼは大きな長い足をもっているのだろう。開いている本に落ちた時のガサガサいう音を 経験する。この句のポイントはそれが落ちたところが楽譜であったというところだ。楽譜である から演奏中だったかもしれない。演奏者は楽音の響きの中にそのかすかな音を聞き分けたのだ。
花辛夷飛驒路は急ぐ水ばかり
福井 木津和典
雪解け頃の飛驒の山路の景である。道端の小川も水量が豊富で、波立ち、走るように流れる。 まるで畑中の道を急ぐ旅人の群れのように。辛夷の花は、梢に一杯咲いて春の訪れをいち早く告 げる、モクレン科の純白の花である。飛驒路の小川の景と季語「花辛夷」との共鳴がすばらしい。
雑詠-能村研三・選
半仙戯志村喬の昭和の日
熊本 石橋みどり
志村喬は昭和の名優と言われる一人で、黒澤明監督の映画「生きる」で「ゴンドラの唄」を口 ずさみながらブランコを漕ぐ名シーンはよく知られている。この句もそれを思い出しての句であ るが、「半仙戯」という言葉を使ったのがよい。令和の世となり、ますます遠くなった昭和である。
薄暑光一つ負荷上げペダル漕ぐ
福岡 山際はるか
夏の少し暑さを感じる気候で一年中で一番気候のよい時でもある。服装もだんだん軽いものに なってきて、日中は少し汗ばむほどになる頃でサイクリングなどにも適する。いつもの自転車を 漕ぐペースを一段階上げて漕いでみた。薄暑の光の眩しさの中、一身にまとう風も心地よかった。
吊玉葱片寄せ海女の磯着干す
鹿児島 内藤美づ枝
玉葱を吊るして干すのは保存のためだそうだ。風通しの良い、冷暗所に干すことで長期保存が 可能となる。湿気がなければ数か月は保存できるとも言われている。この句を読んでいると周り の風景がしっかりと浮かび上がってくる。海の近いところで、半農半漁の生活をしているのだ。
雑詠-山尾玉藻・選
噴水を引きずり下ろす力かな
鳥取 山下暁人
高く噴き上げられる噴水は、一旦それが止む時は凄い量の水が宙から音を立ててどっと落下し ます。作者はその一瞬を、地中から何か計り知れない力が働き、水を「引きずり下ろす」と見て とったのです。非常にリアリティーある把握で大いに納得させられました。
子の問ひに近ごろ窮す竹婦人
千葉 上原 閃
好奇心旺盛な幼児は「何で、何で」と大人を質問攻めにするものです。当然、作者が愛用する 「竹婦人」も幼い眼には不思議なものとして映ったのでしょう。はてさて、作者は何と説明して 幼児を納得させたのでしょうか、作者の困惑顔が楽しく想像されます。
帰省子にかくれて薬飲みにけり
北海道 榊原佐千子
最近少し体調を崩している作者でしょうが、折角帰省してきた子にそんな事で心配をかけるわ けにはいかず、子の目を盗んで隠れて医者に処方された薬を飲んでいるのです。単なる事柄句で はなく、思いやりの滲む温かな一句です。





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