-俳句界 2013年 10月号-


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●A5判  ●定価1,000円



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俳句ボクシング・今月のチャンピオン
俳句ボクシング・今月のチャンピオン【赤コーナー】
蚊いぶしを腰に庭師の噎せてをり
東京 佐々木いつき
俳句ボクシング・今月のチャンピオン【青コーナー】
沖縄忌磔にして売るアロハ
愛知 安井千佳子
雑詠
雑詠-有馬朗人・選
切火打ち朝顔市の始まれり
愛知  市川栄司
東京では台東区の、「恐れ入谷の鬼子母神」で知られる入谷の朝顔市が有名である。この市は毎年七月六〜八日と鬼子母神の縁日に、早朝から開かれる。この句の良いところは、朝顔市が切火を打って始められたことを描写したことである。勢いのある朝顔市の始めらしい光景である。
印象派バルビゾン派も麦の秋
兵庫  木村美智子
印象派のゴッホやミレーたちの絵には、麦畑がしばしば登場する。ドイツやフランスには広々とした麦畑が広がっていて、「麦の秋」には黄金色の穂波が美しい。この見事な「麦の秋」を見て、印象派やバルビゾン派の画家たちが、麦畑を描いたのは当然と思ったところが良いと思う。
蟻が蟻抱きて葬列かも知れず
大阪  三木蒼生
蟻の列が長々と続いている。その先頭あたりにいる蟻の一匹が、蟻の屍を抱きかかえるように歩いている姿を発見したのである。そしてこの蟻が抱いている蟻は獲物ではなく、死んだ仲間の蟻であると断定したところが良い。しかもこの蟻の列を葬列と見たところに詩がある。
雑詠-池田澄子・選
岸壁の海月かきまぜ出航す
奈良  髙畑美江子
塩竈の夜の港で、岸壁と船の隙間に揺れていた沢山の海月を思い出した。その船が出航するとなれば、海水も海月もさぞやゴチャゴチャと揺れ動くことだろう。「かきまぜ」が危ういようでいて、しかし、海水なのか海月なのか判然としないような不思議な存在感を、景として見せている。
昼寝の児母をたしかめまた眠る
福岡  いけだしげこ
母子の昼寝は、母にも子にも至福の時。その姿を見ている人へも安らぎを与えてくれる。「母をたしかめ」る様子を見ているのは祖母か、本人か。安らぎは伝染する。「たしかめまた眠る」という小さな景の描写が、その部屋の幸福の空気を、遠く読者へまで届ける。
子規在さば苺大福賞でにけむ
愛媛  境 公二
生の苺と餡と餅との思い掛けない組み合わせ、それが案外おいしくて驚いたことがある。好奇心旺盛で、食べに食べた正岡子規を喜ばそうと、弟子の誰かが持参しそうな御菓子。これは発明じゃ! などと子規がはしゃぎそうだ。
雑詠-伊藤通明・選
干草や被曝牛舎のがらんどう
東京  松島大地
福島の除染はどこまで進んでいるのだろう。緊急事態で打ち捨てられた牛舎につながれていた牛たちはそのまま餓死してしまった。逃れた牛たちは放浪牛となってさまよっている。汚染されているのは間違いない。汚染は、終息どころか拡大の方向に向かっている。どうする政府、東電。
雪嶺をそびらに「結」の茅を葺く
山形  武田志摩子
農村地域では大きな仕事をするために個人では無理なので「結(ゆい)」という互助会形式があった。白川郷とか五箇山の結であろうか。皆の心が一つになってどんどん仕事は進んでゆく。
雨去りて砂うごきゐる蟻地獄
神奈川 二階堂芙美子
蟻地獄は砂が濡れていると、面白味に欠ける。雨のあと少し乾きはじめた砂が、ごろごろと動いているのかも知れない。私の知人が飼っている蟻地獄は本年の暑さにやられて、干涸びて死んでいたという。ちなみに七月の平均気温は福岡が最も高かったという。
雑詠-大串章・選
郭公の幾度鳴かば靄晴れむ
宮崎  小森京子
朝靄の中から郭公の声が聞こえてくる。「かっこう かっこう」という声を何回聞いたら靄は晴れるのだろう。やがて靄が晴れたら、緑の山並がくっきりと現れ、郭公の声も一段とはっきり聞こえるにちがいない。「幾度鳴かば」が、区切りのいい郭公の鳴き声をよく言いとめている。
水切りの突つ切つてゆく雲の峰
神奈川 長浜よしこ
「水切り」はアンダースローで水面に小石を投げ、石が飛び跳ねて進むのを楽しむ遊び。その小石が、水面に映った雲の峰を突っ切ってゆくのである。高く聳える雲の峰だけに、水面の影も長いにちがいない。小石はいったい何回跳ねたのだろう。健やかで楽しい句である。
紫野にも標野にも落し文
福井  木津和典
万葉集の有名な歌〈あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王〉を踏まえる。標野(しめの)はみだりに入ってはならない野を意味するから、ひそかに伝えたいことを書き記すと言われる「落し文」とよく響きあう。見事な本歌取の一句である。
雑詠-角川春樹・選
蛍袋よりつぎつぎと鼓笛隊
埼玉  曷川 克
蛍袋は、鈴蘭に似た釣鐘状の花をつける。子供が、蛍をこの花にいれて遊んだことに由来する名前だが、掲句の眼目は、蛍袋より鼓笛隊を出現させたところである。蛍火を音楽として捉えた佳吟である。
ひとすぢといふ美しき竹の秋
愛知  今泉かの子
彼岸を過ぎるころに、萌えだす木々のなかにあって、竹は黄色く色あせて葉を落としはじめる。生命の復活していく春のなかで、落魄し、黄金色とも見える竹の秋を、うつくしく詠いあげている。
百年を見たる眼があり山椒魚
大分  後藤秀治
山椒魚の目を、「百年を見たる眼」として捉えたところがいい。半裂きにしても死なず、滑稽な風姿をしている山椒魚だからこそ、掲句には読み手も思わず納得してしまう。山椒魚の目には、この百年の光芒はどのように映っているのであろうか。
雑詠-辻桃子・選
父を恋ふやうな語り部桜桃忌
東京  川俣美子
「桜桃忌」というのだから、太宰治のことを語っているのだろう。その語り部が、父を恋うような話しぶりだったという。太宰の父親は津軽の新興地主で、貴族院議員を務めた人物。太宰の中学入学前に亡くなったが、太宰の父親への複雑な思いを感じさせる句だ。
実梅落ち小流れの底色づきぬ
神奈川 正谷民夫
この梅の木は枝にまだ青梅や黄色に熟した実をたくさんつけているのだろう。木の下に小流れがあり、梅の実が落ちて散らばっている。実梅の落ちたあたりだけ灯りがともったように色づいているが、そこを過ぎれば石や砂のくすんだ色に戻る。省略の効いた日本画を見るような味わい。
三越へ入りし神田の神輿かな
兵庫  大曲富士夫
神田祭の神幸祭であろう。二の宮神輿は日本橋三越本店が創業三百年を記念して奉納したもの。朝、神田明神を出発した神輿は下町を巡行し、午後四時頃三越前に至る。大荒れの神輿が勢いに乗って入口の中まで入ってきたというのだ。神輿かきと観客の祭の興奮が伝わり、たのしい。
雑詠-豊田都峰・選
広島忌風向計のしづかなり
愛媛  松田かをり
思えば一九四五年八月六日、原子爆弾が投下され、広島市街は壊滅、二十数万の死者が出たが、戦後国際平和文化都市を宣言、以来広島へ向かう物体の何物もなく、まさしく「風向計」は天上を指し示すに「しづかなり」である。
薔薇の木に薔薇の花咲く被災の地
茨城  木村欣司
北原白秋の詩に「薔薇ノ木ニ/薔薇ノ花咲ク/ナニゴトノ不思議ナケレド」とあり、当たり前であるがやはり不思議であるとつぶやく。壊滅的な「被災の地」ながら、自然は自然のままに、突然変異もなくもとにもどる力を出していると、見つめている。
草刈りて村は総出に盆の道
千葉  神長網曳子
注目したのは「盆の道」の措辞。まず墓への道。さらには各家への道。最後は村への道。まさしく「村は総出」の体勢であるが、それらのすべてをこの字句で表現したのは手柄である。祖への心はすべての原点といっても過言ではない。
雑詠-松本旭・選
曖昧に生きるも余生桃を剥 く
徳島  安芸紀子
しっかりした目標。生活意識などをもたずに生きるのも世の処し方だと、桃を剥いているのだ。しかしこれも一つの処世法とも言えるものだろう。「曖昧に」の語が奇妙に利いているし、結句「桃を剥く」の季語も効果的。
味噌玉の軒場に吊られ木曾奈良井
長野  山口蒼峰
木曾街道奈良井宿での所見だ。軒下に吊られている味噌玉を見て、その風土の一景に満足しているのだ。「味噌玉」は春の季語。農家では、自家用の味噌を作る風習が残っているが、それを玉のようにまるめて軒下に下げて乾燥させる。その地方の風土の一情景をしっかととらえ得た。
父の日や柾目の下駄を揃へ置く
長崎  髙木幸子
「父の日」を迎えて、特上の柾目の下駄を買い揃えておいた。その父への感謝の気持が、しっかと示されている。「柾目の」の語が、いかにも利いていると言ってよい。娘の気持が、すなおに、あふれるように伝わってくるのがよいのだ。
雑詠-宮坂静生・選
貨車ゆきて向日葵に日の戻りけり
愛知  小松 温
向日葵畑の中を過ぎゆく長い貨車を想像する。日本では北海道の十勝平野、フランスではプロバンスのアルル。日は貨車に燦々と注がれる。風景の主役は貨車だが、貨車が風景から消えてしまうと、お日様は以前のように向日葵を照らす。何事もなかったように。さり気なさがいい。
蛍袋よりつぎつぎと鼓笛隊
埼玉  曷川 克
幻想であろう。蛍袋には何が入るのか不思議な膨らみがある。かつて私は「いつからか蛍袋の中に母」と亡き母が入ると思った。作者は鼓笛隊が入っていたと豊かなファンタジーを作り出した。沢山な楽隊が次々に出てくる想像は何と楽しいことか。
どの子にも母はひとりや団扇風
埼玉  関田独鈷
幼稚園か保育園での昼寝風景と読む。保母さんが寝ている子供たちを静かに団扇で煽いでいる。この子たちにはどんなに私が可愛がっても母は独りだと、働くのに精いっぱいの母の存在を思い描いて居る。やさしい句で、しかも大事なことを押さえている作。省略も効いている。
雑詠-山本洋子・選
括りやうもなき筍を貰ひけり
奈良  岩城吉蔵
「括りやうもなき」でどんなに不恰好で大きいかが、想像できる。紐で括ってもはみでるほど大きく、すこぶる歪つなのであろう。それを貰った、框にどんと置かれたそんな筍に、やや当惑しつつ、どんな味だろう、有り難いような複雑な気持が「括りやうもなき」一言で現れている。
山門に鹿もかけ込む大雷雨
奈良  西岡たか代
いきなりの大雷雨で、あたりの人々は近くの山門の軒下に駆け込む。気がつくと、鹿も一緒に駆け込んできて、軒端に雨やどりしている。鹿も雷は嫌いなのだなあ。人も鹿も一緒に雷雨を避ける不思議。そばにすりよる鹿に動物同志の親近感を感じるのは、大雷雨ならでは。
旅に出て忘れて来たる夏帽子
長崎  田上喜和
お気に入りの夏帽子を旅先で忘れてくることはよくあることだ。どこで忘れたのだろうか。あの峠の茶店まではかぶっていたのに。忘れてきた「夏帽子」は、忘れられない夏の旅の思い出の中にいつでもあるようだ。「夏帽子」が生きている。
兼題
今月の兼題…【音】
兼題-大高霧海・選
夏空に爆音一閃黒き雨
長野 土屋春雄
切れ切れの玉音放送敗戦日
大阪 藤田 晴
石走る貴船の瀬音鱧の皮
東京 川瀬佳穂
兼題-佐藤麻績・選
繙けば大音声の涅槃図絵
長崎 坂口 進
帰省子の音立てて飲む井戸の水
千葉 梶原ひな子
花カンナ靴音高きフラメンコ
兵庫 後條さと子
兼題-田中陽・選
図書館の夏の空間ペンの音
静岡 内久根眞也
虫の音をいっぱい聴いて手酌酒
愛知 玉木尚孝
音沙汰の無い同じ汗だと思ふ
神奈川 斎藤徳重
兼題-名和未知男・選
天平の音色涼しき金鼓(こんく)かな
埼玉 橋本遊行
風鈴市万の音色のひとつ買ふ
神奈川 二階堂芙美子
リラ冷えや音威子府(オトイネップ)の診療所
大阪 藤なぎさ
兼題-山下美典・選
点滴の音無き音に明易し
佐賀 萩原豊彦
日盛りの砂丘崩るる音の中
千葉 原 瞳子
闇の夜の音たて育つ梅雨菌
東京 井戸靖子

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