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●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2016年2月号 ○
特   集
マンネリからの脱出方法
―私のマンネリ脱出法
特 集 2
鬼才の俳人 安井浩司
充実の連載陣!
「牡丹と怒濤ー加藤楸邨伝」石寒太、俳句の「読み」を読むー岸本尚毅、他
特別作品50句
茨木和生
俳句界NOW
山下知津子「麟」
甘口でコンニチハ!
大石芳野(報道写真家)
特別作品21句
波戸岡旭、山下美典
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俳句ボクシング・今月のチャンピオン
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
直線の王者の風や鬼やんま
東京 圦山勝英
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
ゆつくりと宇宙巻き込む冬キャベツ
千葉 大久保桂
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
秋果売るマララに似たる媼かな
北海道 三泊みなと
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
秋しぐれ逝きしを叱る弔辞かな
青森 田端千鼓
雑詠
雑詠-有馬朗人・選
天窓に星のおしゃべりクリスマス
神奈川 田中 仁
クリスマスの夜空に星がいっぱい広がり、美しく輝いている。クリスマスの夜のこと、星たちもイエスの生誕を祝っているようである。その様子を星たちがおしゃべりをしていると表現したところが佳い。それも天窓から星たちが部屋を覗いているように描いたところが佳い。
秋高し去り行く手話へ返す手話
埼玉 諏訪一郎
一人が挨拶をして歩き去っていく。一人はそれを見送っている。去り行く人が振り返り手を振るのかと思っていると、手話であった。それへの返事も手話であった。爽やかな澄んだ空気の中、手話は実によく見えるのである。秋天の下、手話を描いたところが佳い。
切腹の場は白つくす菊人形
愛媛 境 公二
人気のあるさまざまな人物、場面を菊人形で作ってある。その中に切腹の場があった。忠臣蔵の浅野長矩(ながのり)の切腹の場面か大石良雄の切腹か。ともあれ厳粛な場面である。中心の菊人形は勿論、その場面全体が白色でつくされているのである。白づくしの菊人形が切腹の場らしくて佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
振袖の残心長し弓始
静岡 山本 學
テレビのニュース等でしか見たことは無いが、弓道を嗜む女性が新年最初に弓道場で弓を射る時、春着の上に袴を着けている姿が印象的に思える。その艶やかさと、弓を射た後の緊張感漂う姿勢である「残心」という表現から、日本の武道の豊かな心がひしひしと伝わってくる。
秋の蝶影に命を確かむる
大分 堀田毬子
「蝶」という季題は春から秋にかけて、様々な季節感溢れる姿で表現される。この句で詠まれている秋の蝶は、春から夏にかけて思い切り躍動していた命が、そろそろ終の姿として垣間見られる頃なのである。蝶をストレートに詠むよりも「影」に着目したことに、より季節を感じる。
レコードに音のなき溝時雨くる
鳥取 石渕さゆり
今、少し復活の兆しもあるように聞いている、所謂アナログディスクである。筆者も趣味であったが、針でトレースする時、曲と曲の間で無音の箇所がある。その静寂の何秒かの間に時雨の音を聞いておられるのだろう。昔のSPレコードも想像出来、聴覚的な魅力を感じる。
雑詠-茨木和生・選
源流に神の山あり下り簗
栃木 山口 勝
下り簗の掛けられている川の源流は神の山として崇められていっる山。だから、もちろんこの川の漁業権を持っている漁業協同組合では、鮎の放流、鮎の解禁、下り簗を掛けるときなどの節目にはこの神の山への神事を執り行って、豊漁を、安全を祈願している。
星流るアマゾン川の漆黒に
大阪 杉山 睦
アマゾン川を遡る観光船に何泊かしての旅を体験されたのだろうか。幅の広い川の両岸は熱帯雨林だから、人工的な明りなどは全くなく、漆黒そのものだろう。そんなところだから、空に輝く星は数え切れないほどだが、流れる星の数も多いに違いない。
無頼派はなべて早世安吾の忌
茨城 國分貴博
戦後四、五年にかけて活躍した坂口安吾、太宰治、石川淳、織田作之助、壇一雄らを無頼派という。坂口安吾は四十八歳で亡くなっているが、無頼派の作家は総じて早逝である。長寿の無頼派など存在していたら気味悪い。坂口安吾の忌日は二月十七日である。
雑詠-今瀬剛一・選
かりがねや旅の机の小さくて
熊本 加藤いろは
先ず格がしっかりしている。したがって作品の中で「かりがね」と「旅の机」という言葉がよく響き合って詩情豊かな作品となっている。次に「小さくて」という表現が一種の哀しみを醸し出しているところがいい。あくまでも仮の世にある仮の机、その様なことを私に感じさせた。
稔り田のコンバイン音豊かなり
山口 丹後日出雄
現代的な稲刈り風景を見事にとらえている。どことなく広々とした稔り豊かな田園風景を感じるのは「音豊かなり」という表現が効いているからではないかと思う。一面の稔り田の中を進んでいく「コンバイン」、その進みに従って刈り取られていく稲田の変化、豊作に間違いあるまい。
秋気澄むモネの絵にある水の音
神奈川 浅見咲香衣
虚と実の間というのはこのような作品を言うのではないかと思った。例えばこの作品は「モネの絵」が眼前にあるのか、「水の音」が聞こえているのか、いやその両方とも現実であるのか、幻想であるのか、その辺が混沌としている。面白い、実に面白い詩情豊かな作品である。
雑詠-大串章・選
冷まじや幼子のゐる殉教図
新潟 阿部鯉昇
この殉教図は「元和大殉教図」であろう。手元の事典によると歴史上名高い元和の大殉教(元和8年)では、女性十四人、子供六人を含む五十五人が火刑と斬首によって処刑された。キリスト教徒が処刑されたこと自体悲しいが、殉教者の中に幼子が交じっていたのが、一際切なく悲しい。
しばらくは喪服のままの秋思かな
東京 曽根新五郎
葬儀後、しばらく喪服のまま故人のことを思っている。あれこれ思い出し故人を偲んでいる内に思いはだんだん深くなり、人生の寂寥・秋の物悲しさといったことへ沈んでゆく。「秋思」とは本来、秋のころ心に感じ思うことであるが葬儀の後だけに一層その思いが深く強くなってゆく。
木の実独楽湯呑にふれて転びけり
神奈川 長浜よしこ
木の実独楽は団栗や椎の実で作った独楽、子供の玩具である。私も子供の頃よく回して遊んだが、回転しながら円を描くように動いてゆくのが面白かった。この句、「湯呑にふれて」とあるから、食後のひととき、子供が食卓で回しているのであろう。一家団欒の楽しい光景が目に浮かぶ。
雑詠-角川春樹・選
障子貼り二つのいのち明るうす
福井 中井一雄
貼り替えたばかりの障子は、純白で美しい。冬の用意が整い、家の中も明るくなる。掲句では、その様子を、「二つのいのち明るうす」と言いとめた。連れ添った夫婦のいのち、人と天地の交響を表している。
今生の褻の日大事に吾亦紅
埼玉 鈴木まさゑ
人生においては、「晴」の日よりもむしろ「褻(け)」の日々のほうが多いだろう。行く末よりも、来し方のほうが長くなってしまった感慨を込めての作品。「褻の日大事に」という感懐に対して、吾亦紅をもってきて成功。
やがて吾もゐなくなる家銀河濃し
広島 伊藤孝子
おそらく、何代も同じ家、土地で暮らしてきた家族なのであろう。「やがて吾もゐなくなる家」という措辞が、長い時間の流れのなかで、作者自身のいのちを捉えている。悠久なる銀河と、瞬にすぎない人間との対比が効いている。
雑詠-岸本マチ子・選
廃線の終着駅や秋深し
北海道 日下久翁
すぐに思い出すのは、高倉健主演の映画「鉄道員(ぽっぽや)」。あの霏霏と降る廃線の終着駅に立ち尽す哀愁が、きりきりと胸を刺す。人口減少の日本には日々廃線となり消えていく駅が、これから多くなるのかもしれない。「秋深し」が非常に効いている。
パンドラの箱よりこぼれ笑ひ茸
高知 山本敏子
あらゆる災いを封じ込めたパンドラの箱。最後に残ったのが希望だという。その前にこぼれ出たのが笑い茸というのも、なんとなくおかしい。この世知辛い世の中、この位の余裕を持ちたいもの。
旅に出て踊る阿呆の渦にをり
東京 内藤潮南
四国へ行ったのであろうか。旅へ出ると身も心も大きくなる。たまたまそんな踊りの渦に遭遇したのであろう。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らなそんそん」とお囃子も、思わず手や足を誘い出す。それは大きな冒険だったと思う。
雑詠-古賀雪江・選
一電車違ひの釣瓶落しかな
神奈川 山口望寸
秋分以後、少しずつ昼の時間が短くなり、日ざしも薄くなり、夕闇がたちまちやってくることで、季節が大きく移っていることが実感される。そんな様子が釣瓶落としである。一電車遅い電車に乗って窓の外の塒へ急ぐ鴉の群などに、日の短くなった感慨を一層に募らせた作者であった。
ペン落とす音にはじまる夜寒かな
岐阜 福井英敏
晩秋、日中は暖かいが、朝夕手足が寒かったりする。特に雨降りの日などには日が暮れると、ひたひたと寒さが忍び寄ってくる。ペンを落として、書き物に一心であった集中が離れたとたんに、ふっとそんな夜寒さが募った。作者の感じた夜寒がじんわりと読者に伝わって来た一句。
寒鯉の隙なく太り沈みゐる
群馬 クズウジュンイチ
寒中の鯉。もともと活発な魚だけに水底にじっと動かず昏く沈んでいる鯉には、冬のきびしさが感じられる。利根川の野鯉や養殖では信州の佐久鯉が有名で、寒中の鯉は特に美味と言われるが、中七の「隙なく太り」の気負わない自然体の表現が、寒鯉の様をよく伝える説得力となった。
雑詠-坂口緑志・選
阿弖流為のいさをし遺る花野かな
愛媛 境 公二
阿弖流為(アテルイ)は平安初期、北上川流域を支配した蝦夷の族長。一度は大和朝廷軍を破るが、のち征夷大将軍坂上田村麻呂に降り、田村麻呂の助命進言にも拘らず斬殺された。勇敢に戦った阿弖流為の旧蹟が花野となっているのであろうか。ロマンを感じさせる花野である。
あきらかに夕べのものや熊の棚
京都 上里友二
月輪熊は雑食性で、秋には水楢、小楢、栗などの木に登り、枝を折り、手繰り寄せ、木の実を食べるという。その折れた枝が鳥の巣状になったものを熊の棚と呼ぶ。あの体型の熊が木登り上手なのは驚きだが、まだ折られて間のない枝の塊を見上げて、納得するのである。
小鳥来る草に座りて句座組めば
鹿児島 米原淑子
少人数の吟行日和の句会なのであろう。吟行を終えて、草の上に車座となって句会を始めようとしている。折しも、渡って来たばかりの小鳥たちが、句座近く飛ぶのが見える。何とも、さわやかな、心地良い句会である。
雑詠-佐藤麻績・選
義仲寺の門より上り今日の月
東京 古谷 力
義仲寺(ぎちゅうじ)は名の示すように「木曾義仲」を葬った寺である。だが俳人にとっては、義仲と言うより芭蕉の墓があることが印象に残るはずだ。琵琶湖の南西岸の大津にあるが大寺ではなく、その門も大仰なものではない。ここに芭蕉が眠っているとの思いで月を眺めたとは一入であろう。
蓑虫のぶらりと下る快楽かな
埼玉 福田啓一
蛾の幼虫で、樹木の枝や葉を糸で綴ってその中に潜み、蓑を負った形をしているのでこの名がある。またの名の「鬼の子」、「鬼の捨子」は親に捨てられた子と言う哀れんだ呼び名である。しかし細い糸を長く垂らして揺れる様子は快楽(けらく)そのものではないかと作者は見たのであろう。
鷹もどる修司生誕八十年
栃木 森 青萄
寺山修司は前衛芸術家として多方面にその名を残した。歌集や詩文集もあるが、俳句も例外ではない。一九三五年生まれで昨年生誕八十年となった。鷹のごとく強靱に彼が戻って来たらと願うのは作者ばかりではないだろう。〈枯野ゆく棺のわれふと目覚めずや 修司〉
雑詠-鈴木しげを・選
暫くはこのままが好し草の花
奈良 宮武孝幸
「暫くは」はここしばらくはということであろう。中七「このままが好し」の含むところは人生的な思いが深い。来し方の必ずしも順風でなかったことが暗示されている。そして現在の平安な日々の長からんことを念っている。草の花の季語がそうしたつつましやかな願いに適っている。
母待ちて道に出てをり秋夕べ
長崎 髙木幸子
高齢の母はデイケアサービスを受けていると想像する。その母が夕方には帰ってくる。作者は日の短くなった道に出て母を待っている。母がデイケアに行った日は必ずそうしている。これは単に報告とは思わない。さりげない母への思いやりが押しつけでなく表現されている。
つくたびに祖母似となりし手毬唄
岩手 草花一泉
手毬は正月の女子の遊戯の一つ。作者は正月がくると祖母の手作りの手毬をついて遊んだのであろう。時移り、作者もめでたく齢をかさねてどこか祖母に似てきた自分におどろいている。昔、祖母と共に口ずさんだ手毬唄が記憶の底にあってのことである。
雑詠-辻桃子・選
水盗人ありし棚田の落し水
秋田 土谷敏雄
棚田はひと区画が狭く、渓流を用水源として田越しの灌漑で配水する。いま田水を落としているところだが、夏の一番水が必要なとき、水盗人のために水を盗まれた。そのような田だが稲は育ち、もう少しで収穫の時期を迎える。田水を落とす作者も、感慨深いものがあったことだろう。
爽籟や烏のこゑのふつてくる
滋賀 北村和久
爽籟は秋の風の響きのことで、籟はもともと竹に三つの穴をあけた笛の意であった。その響きの中に突然烏の鳴き声が落ちてきたという。持続する音に突然別の音が割り込んできた。「ふつてくる」に、えも言われぬ実感がある。作者は、秋という季節を音の重なりとしてとらえたのだ。
放生の鯉波板に滑らせて
大阪 北山日路地
放生は捕らえた生き物を放ちやること。ここは放生会でのひとこま。仏教の不殺生の教えに基づく儀式で、陰暦八月十五日に行われる。川面に向かってかけた波板に鯉を放ち逃がしている。逃がされた鯉は身をくねらせながら波板の上を滑り川に落ちて行った。臨場感のある句だ。
雑詠-夏石番矢・選
芭蕉忌や無意識のまま三世紀
新潟 とっこべとら子
松尾芭蕉が大阪で亡くなったのは、一六九四年十月十二日(陰暦)。俳人芭蕉の名は、日本のみならず全世界に知れわたっていても、没後約三百二十年、芭蕉俳句の革新性を理解している人はどれだけいるか。芭蕉を越えることなく、駄句が「無意識」に大量に作られては消えてゆく。
虚栗しだきて俱利伽羅峠越ゆ
愛媛 境 公二
〈凩よ世に拾はれぬみなし栗 其角〉がまず思い出される。俳句は虫食いの栗に等しいが、無用の用がある。源平の古戦場である北陸の峠を、実のない栗を踏み砕きながら越える酔狂は愚行ではなく風流そのもの。この作者は小才で作るきらいがあるが、この句はそこを抜け出している。
鉄棒の絶対孤独に秋澄めり
東京 清水滋生
「鉄棒の絶対孤独」とは、大胆で的確な表現だ。見慣れた運動器具ではあるが、そういう先入観を外して眺めると、空中に人工的に水平に固定された「鉄棒」は、他から隔絶された孤独の物体。微動だにしない。それを日本の澄んだ秋の空気が包み込む。高潔で澄明な心境がうかがえる。
雑詠-西池冬扇・選
木の実独楽湯吞にふれて転びけり
神奈川 長浜よしこ
木の実の独楽を回したことがある人は、なかなか難しかったことを覚えているだろう。どこか記憶にありそうな景だ。この句は独楽がふれて倒れるまでの極短い時間の経過を述べた、それだけのことであるが、夜長の趣があり、虚子の句を思い出したりもし、なかなか楽しめる句である。
ぼつこんとキッチン鳴りて冬隣
神奈川 小藤博之
ステンレス貼りの流しは熱湯を流すと鳴るが、夜中に自然にぼっこんと鳴ることがある。気温の変化を感じるのであろう。すぐ忘れ去られるような何でもない経験。それを趣として文字に表出するのが俳句の面白さ。中七を「て」と止めたところで鋭さが無くなったがそれはそれで良い。
短日や人の鎧のがらんどう
兵庫 中塚つかな
日短の頃、夕方の薄暗さは一入である。旧家の置物か博物館かは分からぬが、置いてある鎧の中の空間には感ずるモノがある。この句はことさら「人の鎧」とすることで単に「鎧」と表現するより「イメージ」に奥行を与えた。省略は俳句の表出法の基本だが、それだけが全てではない。
雑詠-原 和子・選
捨て臼に水張りけふの月を待つ
福岡 池上佳子
私の住む西湘二宮の旧家には十五夜に大鉢に水を張って豆腐を供える風習があり、水に映る十五夜の月が子供達を喜ばせる。掲出句も捨て臼に水を張り月の出を待つということだが、天空の月が水に映ることでより身近なものとなり、殊更に月の美しさを掬いとるかのような感興が湧く。
木の実降るこの裏山のあるかぎり
茨城 荒井栗山
作者にとって裏山は四季を通じてかけがえのない自然との共生の場として大事なところなのであろう。「この裏山のあるかぎり」はその心情の表れと思いたい。特に木の実とはいわゆるどんぐりのたぐいだが、「木の実降る」「木の実雨」など、木の実がさかんに落ちる音には驚かされる。
半島が巨艦となりて星月夜
埼玉 矢作水尾
星月夜とは「闇に星の多く明るきをいう」とある。月の明るさが主題となる秋の季語の中で一度は詠んでみたい清澄感のある夜空のこと。夜空の下で捉えられた半島が巨艦のようだったという見立てが新鮮な面白味を引き出した。見立ての句には既にあるものを抜けた感性が求められる。
雑詠-山田佳乃・選
枡酒の縁に塩置く良夜かな
埼玉 吉澤純枝
枡の月見酒とは粋である。日本酒を枡で飲むこともめっきり減ってしまったが、十五夜ならばいかにも枡酒が似合う。いろいろな飲み方があるが、塩を酒の肴に飲むというのがまた風流である。まさに良夜、芒と団子と枡の酒、こんな月見をしてみたいなあと思わせる一句である。
秋灯や絵本の横に飴三つ
埼玉 掛川重信
何もあれこれとはいっていない、淡々と景を述べている寡黙な句ではあるが、そこから広がっていく世界は色どり豊かだ。絵本の読み聞かせをして眠りにつくまでのほっとするひと時。飴のカラフルな包み紙が秋の灯しに艶めいている。静かな夜が秋灯という季題で豊かに感じられる。
着ぶくれて更に頑固になりにけり
京都 福地秀雄
とりあえず何でも重ねて寒さに備えて出かけて行く。どことなくぎこちなくて、もたもたと動くのが本人もいらいらとするのかもしれない。頑固な人がますます頑固になったような、ぶすっとした感じが伝わってくる。「着ぶくれ」という季題でユーモラスな雰囲気を感じさせて面白い。
兼題
今月の兼題…【手】
兼題-大高霧海・選
昆布刈る手は落暉をばわしづかむ
北海道 塩見俊一
クラーク像手をさす彼方大花野
大阪 中村輝雄
赤紙を収むる手箱露けしや
山口 御江やよひ
兼題-高橋将夫・選
秋灯下流れ作業の手が急ぐ
埼玉 川島 盈
うそ寒や我が身の幅の手術台
山形 鈴木禧實
つきそれし手毬平家の海へ落つ
愛媛 境 公二
兼題-田島和生・選
新藁の匂ふ手のひら子を抱く
静岡 渡邉春生
からだごと手話の少女や初蝶来
静岡 山本 學
赤紙を収むる手箱露けしや
山口 御江やよひ
兼題-田中陽・選
春疾風旗がかぶさりながら旗手
大分 松鷹久古
ごとごとと南瓜の蔓を手繰り寄す
長野 栗原久江
あかぎれの手の癒えぬまま母の逝く
北海道 大坂 博
兼題-中西夕紀・選
手を握り妻の爪切る暮の秋
大阪 廣瀬正樹
どの顔も忘れ上手の日向ぼこ
埼玉 佐々木七重
だんだんに空の青増す松手入
大阪 由良芳子
兼題-名和未知男・選
雁渡し文に選びし手漉き和紙
神奈川 三枝清司
林檎ひとつ載せてありけり置手紙
栃木 三浦昌子
花八つ手未だ薪風呂のある暮し
兵庫 森山久代
兼題-能村研三・選
秋澄むや詠み手読み手のよき間合ひ
神奈川 大矢恒彦
手づかみの空よ半仙戯のかけら
鳥取 石渕さゆり
佳子様の手話いきいきと金木犀
東京 坂さつき

2017年| 3月2月1月
2016年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月| 1月
2015年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2014年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2013年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2012年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2011年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
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