●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2018年6月号 ○
特   集
夫恋の句、妻恋の句
~夫、妻を詠んだ俳人たち
橋本多佳子 文挾夫佐恵 中村草田男 森 澄雄
特   集
文人たちの忌日
荷風忌 修司忌 多喜二忌 傘雨忌 桜桃忌 河童忌 賢治忌 憂国忌 漱石忌 他
特別作品50句
福本弘明
充実の連載陣!
「牡丹と怒濤ー加藤楸邨伝」石寒太、他
セレクション結社
「星雲」鳥井保和
俳句界NOW
岩岡中正「阿蘇」
甘口でコンニチハ!
村上透(映画監督)
私の一冊
有山八洲彦
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢29名の選者陣!

添削教室選者
河内静魚、山尾玉藻(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、今瀬剛一、大串章、大牧広、角川春樹、岸本マチ子、古賀雪江、坂口緑志、佐藤麻績、鈴木しげを、辻桃子、夏石番矢、西池冬扇、原和子、山田佳乃(敬称略)
兼題選者
大高霧海、高橋将夫、田島和生、田中陽、中西夕紀、名和未知男、能村研三(敬称略)


  【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
綿虫や重さを捨てて世も捨てて
三重 平野 透
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
木の芽晴いのちそらへと立ち上がる
長崎 内野 悠
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
福耳のやうな春子をもらひけり
群馬 小暮駿一郎
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
思ふまい思ふまいとて雪は降る
広島 日野栄理子
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、今瀬剛一、大串章、大牧広、櫂 未知子、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、原和子、山尾玉藻(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
左義長を終へ貫ける虚子の棒
北海道 横村楓葉
この句は、高濱虚子の名句〈去年今年貫く棒の如きもの〉の本歌取りである。「虚子の棒」とは、 この去年今年を貫く棒である。その棒が左義長まで貫いたとした所が見事である。類句類想は避 けるべきであるが、このような名句名歌の本歌取りは大いに試みて良いと思う。
閑谷の磨き抜かれし床凍つる
大阪 渡辺美紀代
岡山県閑谷(現備前市内)に、江戸時代、岡山藩主池田光政が設立した手習所を整備して、閑 谷学問所が作られた。長年の間、学校として大切に保存され、床も磨き抜かれてきた。磨かれて いるだけに、床の冷えは厳しいのである。閑谷学校の静粛な雰囲気が佳く描かれている。
鯛挿頭す大漁祈願の大とんど
兵庫 木村喜代見
髪や冠に挿頭かざすのは、普通、花や枝そして造花などである。鯛を挿頭すとは何事であろうかと 見ると、大漁を祈願して火祭を行っているのであった。とんどは左義長とか吉書揚と言われる行 事である。鯛を髪に挿頭していることを描いて、漁場らしい雰囲気を感じさせるところが佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
皆帰り泣き出しさうな雪だるま
神奈川 中野しおん
普段はあまり雪の降らない地方に珍しく雪が積ったような印象を受ける。子供達は嬉々として 雪だるまを作って遊んで、帰る時間が迫ってきた。勿論雪だるまを持って帰ることは出来ず、子 供も別れは辛いが、雪だるまの側から見ているところが面白い。溶けているような印象もある。
喪服着てあまりに白し雪女郎
東京 曽根新五郎
不思議な句である。尤も季題の雪女郎自体不思議で、実際出会った人は少ないだろう。その雪 女郎が葬儀に参列しているのだろうか。喪服ではあるが、黒ではなく白なのか、喪服ではなく肌 が余りにも白いのだろうか。幻想的ではあるが、何かリアリティーもあり魅力的である。
父といふ友達バレンタインの日
島根 東村まさみ
添削コーナーでも取り上げたが、バレンタインの日という季題を仄々と詠んでいる。日本でも、 いや日本ならではの習慣なのかも知れないが、所謂義理チョコでも何か嬉しい気分になるこの日 である。娘から父親へのバレンタインデーの贈り物。「友達」と言い切ったところが微笑ましい。
雑詠-今瀬剛一・選
皆帰り泣き出しさうな雪だるま
神奈川 中野しおん
この様な作品に出合うと私は俳句は叙情だと思う気持を強くする。おそらくこの「雪だるま」 は作者自身でもあろう。作者の心にも寂しさ、孤独感があるから雪だるま自体をこの様に表現で きるのである。さっきまで沢山いた人も皆帰ってしまった。雪だるまに重なる作者の姿が淋しい。
新任地甘い香放つ野水仙
大阪 西村美智子
私の子供の頃にはこうした情景が日本の各所に見られた。すっぽりと雪の中に埋もれてしまっ ている村、そしてその家々には秘かに濁り酒なるものが醸されている。酒屋さんもない、あって も遠い、そうした村にあっては「濁り酒」が人々の喉を潤す。私は懐かしい生家の祖父を思った。
山焼きて篠突く雨となりにけり
東京 岩男澄美雄
この作品の「篠突く雨」には強い実感がある。作品の作り方から言うと、山を焼いた後、「篠 突く雨」が降ってきたと読めるが、私はそれよりも山焼く火が未だおさまらない状態の時の雨を 思った。煙の上がる山を雨が叩いている。その様に考えると情景に張りが出る。力強い情景句だ。
雑詠-大串章・選・選
冬の虹詩人の渡る橋高し
兵庫 飛鳥もも
冬の虹はめずらしく、めったに見られない。それだけに冬の虹を見た喜びは大きい。その喜び を発条ばねに「詩人の渡る橋」と言ったところが一句の眼目。その想像力の飛躍には脱帽あるのみ。高々 とかかる冬の虹を渡る詩人の姿は神秘的ですらある。
アリランの山河愛しや春の月
東京 岡田みさ子
「アリラン」は朝鮮民謡の代表作、各節共に「アリラン アリラン アラリよ アリラン峠を 越えて行く♪」で始まる。今年の平昌冬季オリンピックでも演奏された。掲句は冒頭に「アリラ ン」と据え、「山河愛しや」と続けたところに愛情が感じられる。
渡したき日は目前にセーター編む
兵庫 内田あさ子
この「渡したき日」は誕生日か結婚記念日か、はたまた愛する人が北国へ旅立つ日か。いずれ にしても、その日が目の前に迫っている。何としてもそれまでに仕上げたい。セーターなら何処 でも買えるわけだが、自分の編んだセーターを渡したい、と願うところに作者の優しさがにじむ。
雑詠-大牧広・選
荒凡夫兜太おほかみ具し去れり
愛媛 境 公二
まさに金子兜太は荒凡夫だった。荒凡夫と言っても心やさしく世の弱者への目配り、励ましは 忘れることはなかった。それが真の荒凡夫であり勇者であった。その金子兜太氏が逝ってしまっ た。生者必滅という言葉があるが、金子兜太は百五十歳まで生きて貰いたかった。
海市より戻りてコンビニへ直行
埼玉 猪子洋二
蜃気楼をまのあたりにして、その現象が終わると現実世界へもどって、あたふたとコンビニへ 駆けこんで飲料食物を買いこむ。この差が乾いた詩情を産み出し、異色の一句となっている。い わば現代俳句が求めている詩性、これがたしかに現れている。
立春やつぎのティッシュがすつと立つ
埼玉 諏訪一郎
思いもつかない発見があり、感銘した。立春時には卵が立つ、と言った言い伝えがあるが、掲 句の方が、より現実的で共感を呼ぶ。まさに、この句の通りで消費文化の端的な現象を巧みに詠み切っている。
雑詠-櫂 未知子・選
競り牛を短くつなぐ余寒かな
徳島 蔵本芙美子
仔牛ではなく、おそらくは成牛の「競り」かと思われる。とすれば、その牛の行く末は自ずと 知れる。この句、中七の静けさ、つつましさがいい。また、季語が何ともいえず寂しくていい。
捨てられぬ箱や袋や春の雷
神奈川 生川ゆめり
たくさんの空き箱や紙袋を処分できずにいる人なら、この句に大いに頷くだろう。「いつか使 える」という思いは、なぜか人を縛る。雷鳴とまでは行かない「春の雷」の短さ・淡さが面白い。
理髪屋の鏡の中を燕かな
千葉 岩瀬孝雄
「燕」というと、軒下をかすめたり空を飛んだりしている姿が詠まれることが多い。この句は、 とても珍しい切り取り方をしている。大きな鏡を一瞬よぎった燕の、その黒い礫のようなありようが面白い。
雑詠-角川春樹・選
鳥帰る秘色の空を見つめゐる
東京 池本一軒
秋冬のころに渡ってきた雁や白鳥や、小鳥などが春になると北方へ帰っていく。古来、鳥は魂 を運ぶ生き物とされた。その頃の空を秘色として捉えたところに、引く鳥を見守る作者の自己投 影がある。ロマンや故人への思いが感じられる佳吟。
立春やつぎのティッシュがすつと立つ
埼玉 諏訪一郎
ボルシチは、肉や野菜を煮込んだロシア料理のスープで、深紅の色彩が特徴的だ。掲句は、ス ープを煮込みながら雪のなかを帰る家族に思いを寄せているのだろう。中七の「ぶつぶつ言って」 という措辞は、家族を心配する様子とも一日の愚痴ともとれ、ユーモアがある。
立春やペンキ塗れの作業服
兵庫 太田よを子
このように詠まれると、作業服のペンキがいきいきとした色彩をともなって思い起こされる。 立春という季語との取合せが成功しているのだろう。創作や建設など、モノづくりのよろこびに通じる。
雑詠-古賀雪江・選
待つ人に時間の積もる春の雪
兵庫 井上徳一郎
明るく軽快な感じのする春の雪であるが、時に大雪もある。「時間の積もる」の措辞は、待ち 人がなかなか来ないという事を伝えているとも、又待つほどに激しく積もって行く雪の様子を詠 んだともとれる。「待つ人に」の上五が、春雪の独特な情緒を感じさせるものとなっている。
野焼終へ煤色の夫戻りけり
千葉 唐鎌良枝
「野焼」は、草生を良くし害虫を駆除するために、春先に野や土堤などを焼き払うこと。そん な野焼きの一日を終えて夫が煤まみれで戻って来た。長い時間火を追いかけていた髪は茫々であ る。早速に沸かしておいた風呂へと促す事であった。
観梅のベンチ冷たくありにけり
神奈川 湯川洋子
一、二月ごろ百花にさきがけて開く梅は、香気が強く古くから賞美されて来た。開き始めてか ら満開までの期間が比較的に長く、梅の名所は観梅客で賑う。そんな頃の野はまだ春色が整わず、 寒さは去り切っていない。一息入れようと座ったベンチは驚くほど冷たかった。
雑詠-佐藤麻績・選
糟糠の妻と数へし年の豆
埼玉 金子勝美
「糟糠の妻」など既に死語となったような時代である。しかし、夫婦が共に築いた幸せな家庭 は現実にあるだろう。そして、年の豆の夥しい数を二人で数える安らぎの日もあるのだ。
涅槃図に地震傷少しありにけり
神奈川 盛田 墾
釈迦入寂図である涅槃図は大切に伝え守られているが、長い歴史のうちに天災に遭遇すること もある。例えば地震にあった傷も残っている。けれど、毎年その事を確かと見ながら涅槃図を前 にして続いて来た歴史に思いを馳せて祈るのだろう。
バレンタインデー鞭の色なるチョコレート
宮城 ましろなぎさ
バレンタインデーは二月十四日、ローマ司祭バレンタインの殉教した日であり、愛する人に贈 り物をする記念日である。作品はそうした謂れが伝わるばかりか、チョコレートから鞭の連想は 極めて個性的であり、作者の内面の訴えを想像してみたい秀句である。
雑詠-鈴木しげを・選
安曇野や真水ひかりに花辛夷
神奈川 矢橋航介
安曇野は長野県中部に広がる風光明媚の地。アルプスの景色も圧倒的だ。豊かな湧き水は広大 な山葵田を擁してもいる。松本と糸魚川を結ぶ大糸線もいい。又、これに沿って歴史ある「塩の 道」を歩くのもいい。一句は「真水ひかりに花辛夷」の安曇野の春を見事に捉えている。
焙烙に茶の香立ちをり別れ霜
高知 𠮷倉紳一
焙烙が素焼きの平たい土鍋というのは大方の者は知っていよう。この句は茶を焙じるので手の 付いた物。焙烙に棒茶などを入れて炒ると芳ばしいほうじ茶が出来る。中七の「茶の香立ちをり」 が適切。季語の「別れ霜」が即かず離れず、一句に余情を与えている。
魚籠覗き込む少年の耳袋
福岡 奥苑靖子
寒日和の磯辺か河口の突堤での釣り場の情景であろう。釣り日和とはいえ、寒気はきびしい。「小 父さん、なにか釣れた」と、釣り好きの好奇心旺盛な少年が魚籠を覗き込む。「少年の耳袋」の 把握の仕方が巧い。描写力のある作である。
雑詠-田島和生・選
チョーク折れ床を転がる多喜二の忌
埼玉 川島 盈
プロレタリア文学の傑作『蟹工船』の作家・小林多喜二は昭和八年二月二十日、治安維持法違 反容疑で捕まり、特高(特別高等警察)から激しい拷問を受けて死ぬ。その無残な死を思い出し、 黒板に力を込めて書いていたチョークが折れ床に転がる。彼の無念さを思い死を悼んだ異色作。
凍て路地を砕く手斧の男かな
山形 横道輝久子
凍り付いた路地の雪はスコップでは歯が立たない。大きな音がするので見れば、男が手斧を振 りかざして雪を砕いている。まるで、路地を砕いているようにも見える。ちょっと女には真似が できず、「男かな」と手斧で氷を割る男を讃えた。精悍な男の姿も目に浮かぶようである。
亡き父の書斎灯して豆撒けり
東京 いなだ伊佐木
立春を控えた節分の夜。「福は内、鬼は外」と家中に豆を撒く。父が世を去ったあと、書斎は 閉じたままだが、電気をつけて豆を撒く。机には筆記用具が残され、書棚には愛読書が並ぶ。生 前の父を思い出し、豆撒きにも哀しみがこもる。「書斎灯して」の表現に実感があり、大変いい。
雑詠-辻 桃子・選
強東風の潮粒浴びて通学す
静岡 内久根眞也
海岸沿いの道を通って通学しているのだろう。風が吹く日には、海のほうから潮風に乗って雨 粒ならぬ細かい潮の粒が飛んでくる。強東風の日であればなおさらだ。子供たちはその潮粒を浴 びて通学している。「浴びて」は、そんな後ろ姿をじっと見て得た写生の措辞。
春雨というてあまりに冷たかり
高知 田村乙女
春雨は、「細い雨が静かにしとしとと降る」というのが本意だ。この句の春雨は、あまりにも 冷たくてとても濡れてゆくどころではない、と詠む。いったいどうなっているのか、という気持 だが、それでも春雨は春雨。艶っぽい雰囲気も醸し出している。
麦の芽や湖北の日差しすぐ翳る
大阪 平井弥生
琵琶湖の湖北。日が差したかと思えばすぐ日が翳って雨がぱらついたりする。麦畑にはいっせ いに麦の芽が出て、すくすくと伸びている。そこにも日が差し、日が翳る。「湖北の日差しすぐ 翳る」で、大きな景がとらえられ、「北国日和」の変わりやすい天候が言い止められている。
雑詠-夏石番矢・選
春満月きいろいうをは奥羽の子
福島 斎藤秀雄
黄色い魚とは、何だろうか。陸地の池か川か沼か湖か、あるいは静かな海に泳ぐ、不思議な魚。 それがみちのくの子供。春満月に同化したような色。黄色でなければ人間にも見えない魚が、夜 の水中を楽しげに泳ぐ。作者独自のメルヘンの世界。読者は自分で想像を楽しむしかない。
利休忌の帆柱ゆれず船だまり
愛媛 野口寿雄
豊臣秀吉に命じられて、千利休が切腹したのが、西暦では一五九一年四月二十一日。すでに桜 も散った京都の聚楽第で自刃。「帆柱ゆれず」が自分の美学を頑として権力者に譲らなかった利 休を偲ばせ、堺も想起させる。あの長谷川等伯筆の肖像画にこめられた利休の気迫に通じる秀句。
裸木は子の瞳には王様よ
静岡 北邑あぶみ
子供の自由で、ときには突飛な精神世界は、大人にははかりしれない真実を素手でつかむ。あ の葉をすべて落として悄然と立つ樹木が、「王様」に見えるとは! 一切の虚飾や虚栄もなく直 立する樹木こそ、真の王者の姿であるとは、鋭い洞察。それを受け入れる作者もすばらしい。
雑詠-行方克巳・選
原発の空を見てゐる潮まねき
栃木 藤本一城
潮まねきの雄は片方の鋏が大きく、まるで潮を招き寄せるかのような独得の動きをする。これ は雌へのアピールらしいが、作者にはその動きが海の向うに光る原発を拒否するかのように見えたのである。
闘鶏の傷縫ふ糸の玉結び
鹿児島 内藤美づ枝
激しく闘って受けた裂傷を糸で縫合した。その結び目が「玉結び」であるという。かたく真結 びされた、きわめて大雑把な手当の仕方に、闘鶏の凄まじさと、鶏の哀れさがうかがわれる一句である。
勾玉は胎児のかたち春隣
埼玉 橋本遊行
勾玉は古への祭祀や装身具として用いられた。その形はたしかに動物の胎児に似ている。一個 のみある穴は眼のように見える。この句は勾玉の形状を常識的に表現しただけであるが、「春隣」 という季語を用いたことで胎児が今にも動き出そうとする生命感を感じ取ることが出来た。
雑詠-西池冬扇・選
涅槃図に地震傷少しありにけり
熊本 加藤いろは
陰暦2月15日は釈迦の入滅の日。その時お祭りされるのが涅槃図。多くの菩薩や動物たちが釈 迦の入滅を見守っている図である。その図には、地震の時にできた傷がついていたという。小さ な傷かもしれないが、心にささる傷である。この句は現代の涅槃図絵解きのような句である。
足跡の向きは南に春の土
静岡 杓谷 純
春の土はやわらかく足跡が残っている。それらの足跡は南に向かっている、というだけの表出 ではある。足跡が人なのか獣かさえも示されていない。しかし、「向き」・「南」・「春の土」とい う言葉のもつ意味や象徴性が読む者に豊かなイメージを与えてくれる。希望を与えてくれる句。
薄氷に青きビー玉載せてみる
長崎 高橋栄美子
饒舌な口語調の句である。中七に助詞「を」を補えば散文といえる。意味するところもほとん どない。だがイメージは豊かに伝わる。薄氷にビー玉をのせたあやうさ、怪しげな色の取合せ、 そのようなことがイメージとして伝わってくる。こういうイメージだけの句があっても良い。
雑詠-能村研三・選
路地奥の荷風旧居や恋の猫
千葉 原 瞳子
永井荷風は、近代化で失われゆく日本の江戸文化に目を向け、路地を愛し、『江戸芸術論』や 玉の井を舞台にした小説『濹東綺譚』などを書いた。人嫌いで人と会うことが難しく、路地が似 合う作家であった。市川市八幡の終焉の地には野良猫が行き交う路地の奥に旧居が残されている。
日脚伸ぶ小さな終り繰返し
東京 堤 萌
「日脚伸ぶ」が実感されるのは、暦の上では立春も間近い頃。一年が始まったばかりのこの時 期は、やらなければならないことをきちっと整理して小さな終りを繰り返している頃でもある。 日常とはまさに小さな終りを繰り返すことで、人間にとっては幸せなことである。
冬銀河地球のことなど知らんわな
富山 道端 齊
下五の「知らんわな」というおどけた表現が面白い。一人の人間に対して地球は巨大であるが、 宇宙の規模から考えると地球はほんのちっぽけな存在でしかない。冬煌々と光る銀河のかなたか らは、地球の存在など全く知らないものなのかも知れない。
雑詠-山尾玉藻・選
料峭やかたち変へゆく雲一朶
兵庫 田麦かつ江
「かたち変へゆく雲一朶」の表現から、晴天でありながら上空では強い風が吹いているのが見 えて来るようです。その点でいかにも「料峭」の季節らしい張りつめた一景を切り取って成功し ています。これこそ写生の力ですね。
往診の医師の私服の春めけり
京都 岡井香代子
この医師は白衣を着ていないか、白衣をざっと引っかけただけなのでしょう。医師の着ている 明るい色のシャツやセーターに春の到来を実感している点を好もしく思います。描かれた情景や 感応から温かな明るさが伝わり、非常時の往診でないことも想像されます。
太陽に呼ばれし順に蕗の薹
茨城 林きよ子
目を凝らすとあちらこちらに大小の「蕗の薹」が見られたのでしょう。少し長けているもの、 首をもたげているもの、微かに頭を出しているもの、それらを「太陽に呼ばれし順」と見立てた点 に独自性があり、この感覚になるほどと感じ入りました。
兼題
選者:大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
今月の兼題…【橋】
兼題-大高霧海・選
雨けぶる三月十日の吾妻橋
東京 徳原伸吉
核のなき世界へつなぐ虹の橋
大阪 熊川暁子
春風やこの橋の先ニライカナイ
沖縄 百名 温
兼題-岸本マチ子・選
橋脚をどどと春潮大鳴門
愛媛 渡部洋三
天狼を担ふ心斎橋グリコ
大阪 清島久門
逢ひたくて小走りになる橋朧
神奈川 英 龍子
兼題-高橋将夫・選
まさに竜通潤橋が虹を吐く
宮崎 山下 守
延命橋渡りほたるの闇に入る
愛知 安井千佳子
橋下に物原のごと春の在る
大阪 江島照美
兼題-名和未知男・選
国生みの島へ大橋風光る
兵庫 野原由紀
身を伏せて抜くる土橋や炬燵舟
福岡 奥苑靖子
白神の雪解や橅の丸木橋
埼玉 田坂泰宏





2018年| 9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2017年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2016年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2015年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2014年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2013年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2012年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2011年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2010年| 12月11月10月9月8月7月6月
定期購読のご案内
・毎月25日発売
・A5判
・定価1,200円(税込)
半年間 6,500円(700円お得)
1年間 12,500円(1,900円お得)
2年間 24,000円(4,800円お得)
定期購読は送料サービス

※定期購読割引は、直接小社にお申し込み戴いたお客様に限り、適用されます。その際、ホームページでお知りになった事をお伝えください。

※購読期間中に特別価格号が出た場合、 差額は当社で負担致します

・ご質問やご不明な点がございましたら、フリーダイヤル  0120-819-575、または、お問い合わせフォームからお問い合わせ下さい。