●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2018年8月号 ○
特   集
故郷を想う
~誰もがもつ故郷、その懐古
北海道から沖縄まで、俳人の綴る俳句とエッセイ
特   集
恋の句の引力
〜私の憧れている句
後藤比奈夫 岩淵喜代子 冨士眞奈美 坊城俊樹 ほか
特別作品50句
中村和弘
充実の連載陣!
「牡丹と怒濤ー加藤楸邨伝」石寒太、他
セレクション結社
「鳰の子」柴田多鶴子
俳句界NOW
加古宗也「若竹」
甘口でコンニチハ!
毒蝮三太夫(俳優・タレント)
俳人訪問
黒滝志麻子
私の一冊
次井義泰『鈴木六林男全句集』
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢29名の選者陣!

添削教室選者
折井紀衣、長嶺千晶(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、今瀬剛一、大串章、大牧広、櫂未知子、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)
兼題選者
大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)


  【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
心根は縄文人や浅蜊掘る
愛媛 池菊人
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
肩甲骨寄せる体操風光る
千葉 松本美智子
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
いくたびも岩を選びて鮎の川
群馬 本田巖
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
囀を弾き出されて囀れる
神奈川 神野志季三江
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、今瀬剛一、大串章、大牧広、櫂 未知子、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
悔いいまだ夜学中退啄木忌
北海道 三浦輝雄
家の事情で高等学校へ行けなかったか、大学へ行けなかったのであろう。もう少し学力をつけ ようと夜学に通った。しかし、それも中退せざるを得なかった。もうちょっとがんばれば良かっ たのにと悔やんでいるのである。それも啄木忌の頃になると。しみじみした味のある句である。
須磨寺の青葉の笛に春惜しむ
福岡 大堀すが女
一ノ谷の戦いで源義経の奇襲に敗れた平家は海へ逃れた。船に乗りそこなった平敦盛は馬に乗 って海へ入り船を追ったが源氏の猛将・熊谷直実に首を掻かれた。敦盛は「小枝」という笛を腰 にさしていた。一ノ谷近くの須磨寺の笛の音は、敦盛を偲びつつ春を惜しんでいるところが佳い。
国生みの島まなかひに若布干す
和歌山 川口修
国生みの島とは、おのころ島、淡路島のこと。或いはその南の沼島ぬしまとも言われる。和歌山県側 の海岸から紀淡海峡を挟んで、美しい淡路島を眺めつつ、若布を干しているのである。あの島が 古事記に述べられている伊弉諾尊いざなぎのみこと伊弉冉尊二神いざなみのみことが生んだ島だ。 国生みの島だと言った所が佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
涅槃図を子等固まりて見てをりぬ
福岡 有田真理子
余談だが、釈迦入滅の陰暦二月十五日は、平成三十年の新暦では三月三十一日の土曜日で満月 であった。それはともかく、この頃各地の寺では涅槃図を掲げる。遠足の子供達も想像出来るが、 「固まる」というのが、集まるというより緊張している様子を想像して、神々しい情景である。
ごきぶりを瞬時ためらひ見失ふ
埼玉 新井髙四郎
実感としての諧謔味が見て取れる。ごきぶりを見付け、さあ殺そうと、スリッパでも振り上げ たのだろうか。その後のグロテスクな情景を想像したか、又一瞬生物に対する情を持ったか、一 瞬のためらいがごきぶりを逃がすはめになった。残念な気持半分、安堵の気持半分ということか。
あめんぼう光の靴を履いてゐる
群馬 小暮駿一郎
あの細い長い脚で、水の上を滑るように移動するあめんぼうの動きは誠にユニークである。何 か水の上を歩く時代劇の忍者に例えた句もあったように記憶しているが、この句は何と靴を履か せてしまった。しかもそれを光と捉えたことにより、季題がより生き生きと語られている。
雑詠-今瀬剛一・選
アルプスの水を豊かに山葵沢
三重 森田敏昭
「山葵沢」という言葉がふさわしい。もちろん渓流であろう、清冽な流れを想像する。 先ず「ア ルプスの水」という表現がいい。水が情景化されている。 そしてそれを「豊かに」と付け加えている。 アルプスの麓の豊かな清流、そこで青々と育ちつつある山葵は目に痛いばかりである。
山つつじ吊橋くぐる水迅し
兵庫 森山久代
つつじ山にかかる吊橋、その吊橋を渡ろうとしている。視点を下ろすと勢いよく水が流れている。 一瞬ひるんだであろうか、いや山のつつじに目を移して平然と渡って行ったかもしれない。 「くぐる」と言って視点を明確にし、「迅し」と水に勢いをつけて表現しているところがいい。
笑ひ声絶えぬ家なり豆の花
栃木 山口勝
明るい家庭の様子が手に取る様に感じられる。 作者はその笑いの中にいると考えてもいいが、 外にいてそうした家庭をしみじみと実感したと考えてもいい。 自分の家庭を客観的に意識した作 品と考えたい。 その方が「豆の花」という季語が生きる。豊かな作者の心が作品の背景にある。
雑詠-大串章・選
クラークの全身春の日をまとふ
大阪 中村輝雄
「少年よ大志をいだけ」の語で知られるクラークの像は幾つかあるが、 特に有名なのは北海道 大学構内の胸像と、さっぽろ羊ヶ丘展望台の「丘の上のクラーク」である。 掲句は「全身」とあるから、片手を空に伸ばした羊ヶ丘の全身像であろう。「春の日をまとふ」に夢がある。
母の日の似顔絵笑顔ばかりなり
神奈川 須貝一青
今日は母の日、幼稚園か小学校の教室に母の似顔絵が並んでいる。子供たちが思いを込めて描 いた絵。その似顔絵が「笑顔ばかり」というのが楽しい。子供たちにとって母の笑顔は何よりも 嬉しい。口を大きく開けた笑顔、にっこり微笑んだ笑顔など、それぞれ母への思いが感じられる。
花見えて逸る歩幅となりにけり
長野 本間克子
行く手に「花」が見えてきたとたん、歩幅が大きくなり歩き方が早くなる。 「花見えて」と切り出し「逸る歩幅」と一気に続けたところに、作者の心の弾みが見てとれる。 やがて花の下にたどり着くとゆっくり花を見上げ、その美しさを堪能されたことであろう。
雑詠-大牧広・選
孤独死の友よ今年のさくら濃し
長崎 岩本千鶴子
誰にもかえりみられずこの世を去った友。その友を思うとき、又は逝ったその日は桜の花がこ んもりと咲いていたのが眼裏にある。桜の花が濃く咲いていたのが、せめてもの救いである。
アナログの時代より聴く蟬時雨
神奈川 深江久美子
「アナログの時代」とは、古い時代への修飾語である。そんな時代、いやもっと古い時代から 一途に鳴いている蟬の声を聴いている。ああ昔から、時雨のような蟬の合唱があったのである。
戦時とは防空頭巾に汗の壕
大分 下司正昭
戦争を知っているから、こうした骨太の表現で詠めるのである。無駄な言葉はない。ありのま まの言葉だから、強い訴求力がある。
雑詠-櫂 未知子・選
蝶番つぎつぎ外れチューリップ
大分 金澤諒和
意表を突かれた作品。というか、この季語で新しい表現は無理だろうと思っていた時に出合った一句だった。 ほうけてどんどん散ってゆく花、その原因は「蝶番」。 真似のできぬ世界を持っている句。
やはらかく渚踏みをり養花天
長崎 岩本千鶴子
「養花天」、つまり花曇のこと。多くの作者が街なかで、あるいはふつうの陸地でこの季語を 扱うのに対し、この作者は海辺に場所を移した。品が良く、心に残る無欲さを持った作品である。
婚の荷のゆつくりゆきぬ麦の秋
愛知 浅井清比古
人の目に「ゆつくり」触れつつ行く「婚の荷」。 麦秋のどこかからりとした季節感が何とも言えずいい。急がぬ荷物、そしてそれを見送る人々のこころ。 ある種の懐かしさもたたえている作品である。
雑詠-角川春樹・選
をさな子を添へて春野を仕上げけり
青森 神保と志ゆき
草が萌え、花が咲き、鳥が鳴く春の野に行楽に出かけたのだろう。そのなかに幼児が遊ぶこと で、作者の理想としての春野が現出したという。天地人が一体となった、生命讃歌の作品である。
菜の花やリヤカーに乗るひよこ組
福井 大森弘美
菜の花では、与謝蕪村の句が人口に膾炙されており、古くから好まれて俳句に詠まれてきた季語の一つである。 掲句では、保育園児の移動する場面を取り合わせることで現代的な一句となった。 「ひよこ組」と持ってきたのもいい。
逆立の少年エイプリルフール
福岡 森田和をん
四月一日は、軽い嘘をついていたずらに興じることがある。季語の本意に即して意表をつくの ではなく、掲句はさりげない場面を取り合わせている。抑制のきいた上質な作品となった。
雑詠-古賀雪江・選
初蝶や風に胴上げされて来る
広島 津田和敏
春、その年初めて見る蝶が「初蝶」。 予期せず突然ふわりと現われたりするので驚くこともあるが、季節の確かな運行をしみじみと感じる時でもある。 まだ飛び方のたどたどしい初蝶が、風の加勢で渡ってゆく様を「胴上げされて」と詠まれた。 やさしい春風であって楽しい句である。
反り橋を踏み鳴らしゆく遠足児
三重 森田敏昭
反り橋を遠足の列が元気よく渡って行った。教師に引率されて、列を乱しながら反り橋を踏み 鳴らして行く子供達をほほえましく見ている作者。受験などで子供達の生活事情が変った現在で は、遠足は春に限ったことではないが、四月頃が好適なので春の季語となっているのである。
遠野火や一番星のありどころ
大分 光成えみ
早春草生をよくし、害虫を駆除する為に野や土堤の枯れ草を焼きはらう。遠くに、夕づいても まだ燃え続ける野火が見える。その煙の上る先には、早やさきがけの星が出ている。まだ寒さの 残る頃の峡のそんな夕べの景色は、日本の原風景でもある。
雑詠-佐藤麻績・選
虚子の忌の荒き蝶こそ探すべし
埼玉 中野博夫
この句の下敷き即ち手本として、〈山国の蝶を荒しと思はずや 高濱虚子〉がある。 この事から、四月八日の虚子忌なら、山国の蝶の句から学ぶべきと訴えられたのであろう。 「荒き蝶」とは大振りな蝶を指すのかとも思うが、先人の作品をひいて作句のきっかけを示した珍しい一句。
黙ふかき気の良ささうな蟇
広島 別祖満雄
蟇は、のそっと現われたら同じ場所にじっと止まり、あまり煩く鳴きもせずにまさに黙ふかい 生きものである。その特徴を作者の感じたまま詠まれた作品だが、どこかユーモラスな表現にさ れた類想感のない作品となっている。
助手席に遺愛の玩具花の旅
愛媛 堀本芳子
遺愛の玩具とは、今はなき幼い方の生存中遊んでおられた玩具のこと。助手席はその方が座っ ていた場所なのであろう。思い出を巡る旅に玩具と共に出られたのだ。遺愛の品が玩具という現 実は更に無情を深くする作品である。
雑詠-鈴木しげを・選
ピエタより涅槃図親し水明り
東京 結城節子
キリスト経と仏教と、どちらがいいという句ではない。ピエタは、キリストの死体を膝に抱く 嘆きの聖母像。涅槃は、釈迦入滅の姿。この二つの死の場面は西洋と東洋の死生観を現わしてい る。作者は涅槃図に親しみを持つという。下五の水明りによって一句は生かされたと思う。
花の寺蕪村蘆雪の絵を蔵す
和歌山 川口修
ここにいう花の寺は、何処の寺であろうか。与謝蕪村は俳人でもあるから馴染みがある。蘆雪 は、長澤蘆雪。江戸中期の画家。京都にあってこの二人の画人は交流もあったことだろう。蕪村 は文人画、蘆雪は機知に富む奔放な画風で知られる。花の頃の京の古寺が思われる。
いまはもう常世の妻よ夜の蛙
鹿児島 古江満寿男
妻恋いの一句である。永い歳月を共に扶け合いながら生きてきたことが、上五の「いまはもう」の痛切な表現にこめられている。 常世は永久に不変であること。ここでは死して常世の国に去った妻への心のさけび。 夜蛙の声が天にひびく。中七の「よ」の切れがいい。
雑詠-田島和生・選
青葉光檜の湯舟溢れけり
富山 青木和枝
檜は、わが国の建築材料などに昔から重用される。 木の香もかぐわしい檜の湯舟に入れば湯が 溢れ出る。 窓越しに青葉の楓などが陽光で輝くのが見える。 思わず、「極楽極楽」と独り言が出そうな贅沢な気分である。 「青葉光」の季語と、「けり」の切字を生かし、鮮やかにまとめている。
梨咲いて棚引く雲となりにけり
茨城 荒井栗山
ゆるやかな丘の梨園で一斉に梨の白い花が咲き始める。遥かな山並みの空に、霞のように白い 雲が長く漂い、春もたけなわ。水原秋櫻子に〈梨咲くと葛飾の野はとの曇り〉の句もあるが、こ の句は梨の花と、大景の「棚引く雲」を併せ、おおらかで優美な作品に仕立て、味わい深い。
真つ白な産衣の赤子花ミモザ
愛知 藤本三根子
赤子の健やかな成長を願って、お宮参りにでも行くのだろうか。生まれてまもない赤子に真っ 白な産衣を着せ、そっと抱きながら行く。こがね色の珠を集めたようなミモザの花が、白い産衣 に照り映え、赤子も眩しそう。産衣の白とミモザの黄色を併せ、色彩豊かで妙味に溢れている。
雑詠-辻 桃子・選
海石榴市でありしここらに種を蒔く
奈良 渡辺政子
海石榴市つぼいちは、奈良県の三輪の辺りで行われた古代の市場。 市が立つとともに若い男女が集まる 歌垣の舞台でもあった。 そんな海石榴市を思い浮かべて、作者は何かの種を蒔いた。 「ここらに」 は、かつての様子を偲ぶ何ものもないことをうかがわせて、巧みな措辞だ。
老漁師拾ひ昆布を配りけり
北海道 中場源二
老いたる漁師だ。立派な昆布を干し上げた後もまだ流れ昆布を拾っては、それを誰彼に配って いる。物の無い時代を経た者にとっては、屑のような昆布とて無駄にはできない。何十年も海に 生きて背も曲がりかけた老漁師の風貌、実直な素朴な人柄、自然に対するやさしさが強く伝わる。
腕ふつて帽で捕らへる飛花落花
大阪 北山日路地
乱れ散る花を浴びる作者。ふと、花びらを捕らえようとして、作者は帽子を手に取った。花び らは次々に帽子の中に落ちてきた。気がつけば狂おしいように帽子を振っていた。ほとんど無意 識といっていい行為を具体的に描写して、花が散るときの尋常でない気持をとらえている。
雑詠-夏石番矢・選
あめんぼう光の靴を履いてゐる
群馬 小暮駿一郎
何よりも「光の靴」の発見がすばらしい。 この小動物の動きのかろやかさ、素早さが、「光の靴」によって保障され、一句全体に明るいエネルギーが充満する。 こういう虚構は、文句のつけようがない。お見事。 水上を自由に歩くため、私も「光の靴」がほしい。
雉子のこゑ闇のとびらを開きけり
東京 大坪守
あの鋭く大きく響く雉子の声は、何か予期しないことがらを引き起こしそうだ。この句の作者 は「闇のとびら」を開けさせた。さてどうなるか。明るい別光景が見えてくるのだろう。雨上が りだろうか。雉子が棲む山野の奇跡的一コマ。
春風に押され生者は死者担ぐ
岐阜 福井英敏
人間が避けて通れない儀式としての葬儀。「生者」が「死者」を担うことの、精神的物理的な重さ。 それを「春風」が勇気づけてくれる。この句の場合、「春風」の「春」が効果的。田園地帯の野辺送りを詠んだ秀句だろう。
雑詠-行方克巳・選
あめんぼう光の靴を履いてゐる
群馬 小暮駿一郎
あめんぼうの脚には毛が密生していて、易々と水に浮かびます。あめんぼうが水を踏まえて浮 かんでいる様は、まるで光る靴を履いているみたいだという句です。私にも〈あめんぼの影のF 1レーサーよ〉という句があります。
春昼や猫のあくびのけもの顔
愛知 田中勝彦
のんびりとまどろんでいる猫は、本当に愛らしい動物ですが、大きく欠伸をした瞬間、猫はラ イオンと同じ仲間だという事実に気がつかされます。その牙といい、面構えといい、まさにけだ もの以外の何者でもありません。
春の夢父のうしろに母のゐて
神奈川 中野しおん
春の夜の夢に、なつかしい父と母が現われた。母は父の後にひっそりとたたずんでいる。生前 の父と母のありようを思わせるような、そのような夢の構図といったらいいのでしょうか。
雑詠-西池冬扇・選
永き日の電柱の影膝に乗る
兵庫 井上徳一郎
「永き日の」という季語を上五におくと句趣がそれに支配されることを覚悟する必要がある。 組み合わせる多くの句材が季語の説明あるいは趣の表徴になりやすい。つまりよくいわれる予定調和的な句になりやすい。 この句の場合は電柱の影が膝に乗ったという意表をつく表現が新鮮。
敷物の下はでこぼこ花の宴
徳島 米本知江
桜の木の下には死体ではなくでこぼこがある。 敷物はそのでこぼこを隠し非日常の舞台をしつらえる。 「花の宴」が庶民に解放されて以来、様々な趣が花の宴に加味され、その幅を広げてきた。 でもその趣の表現は出尽くしてしまうことはあるまい。体験は新鮮な興趣を生み出す源である。
北方へ首突き出して鳥帰る
神奈川 中井由美子
「鳥帰る」は春の季語。北へ渡り鳥が帰るという、この句は何の変哲もないようである。だが リアルというより造形的なフォルムの美しさを想起してしまう。一冬を日本で過ごした鳥は北へ 帰る時、エネルギーに満ちているのではないだろうか。どれもが磁針のように北を指す長い首で。
雑詠-能村研三・選
若布干して転びの裔でありにけり
熊本 加藤いろは
江戸時代、キリスト教に対する禁教令により弾圧迫害され、キリシタンが棄教することを「転 び」といった。現在も長崎や熊本には、そうした人の末裔がおられるのだろう。一時は棄教の負 い目を抱きながら暮らしていたこともあるが、今は若布を干しながら、平穏に暮らしている。
総務課にそよ風生るる春の服
岐阜 七種年男
かつて職場では会社が決めた制服を着ることが義務付けられていたが、近年は個人個人の自由 な着こなしに任せるようになってきた。そうした会社の雰囲気をまず率先するのが総務課の役割 で、春の訪れと同時にそよ風を感じさせるような春の服を着た人がいた。
田の神に一声かけて畦を塗る
千葉 塩野谷慎吾
お米作りの中で約三か月くらいの間、田に水を入れる。よく水が廻るように、水洩れを少しで もなくすように畦塗りの仕事から始まる。今年も無事お米が収穫できるように田の神に祈りを捧 げて畦塗り仕事が始まった。
雑詠-山尾玉藻・選
牛舎より豚舎より声卒業す
愛媛 野口寿雄
「牛舎」や「豚舎」から農業高校の卒業式当日の一景でしょう。卒業生が愛情をもって育てて 来た牛や豚に声を掛け、名残りを惜しんでいるのが窺えます。普通高校では見られない特殊な光 景に焦点を絞り、農業高校の卒業の日の雰囲気を力みなく表しました。
花冷えや紹介状の封かたく
奈良 吉川千鶴
かかりつけの医院から他の病院への紹介状か、それとも特定の人に書かれた紹介状か、 いずれにしても作者には封書の内容がどうも気掛かりな様子です。 その翳りある心情は無論「花冷えや」にも、そして「封かたく」にも表れています。
木の芽山歩めばことば降るごとし
埼玉 関田独鈷
早春、山中を歩いていると、木々の芽が輝きとりどりの香りがしてくるものです。その光や香 りはとても新鮮で、冬の間に身の裡で眠っていたとりどりの感情を呼び覚ましてくれます。この 感覚を「ことば降るごとし」と喩えた点がまさしく俳人でしょう。
兼題
選者:大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
今月の兼題…【解】
兼題-大高霧海・選
南北の和解は悲願花むくげ
栃木 石塚千穗子
与太がする秩父音頭や雪解風
東京 田守三里
飛花落花西行解脱浄土かな
長野 土屋春雄
兼題-岸本マチ子・選
剃髪のあとあをあをと解夏の僧
静岡 山﨑明子
身をほぐす大役は父桜鯛
兵庫 松本節美
あやとりのやうな吊橋雪解川
愛媛 堀本芳子
兼題-高橋将夫・選
鳥雲に正解はもう探さない
神奈川 神野志季三江
雪解水末はお米か海原か
福井 安達 誘
海に来て新たなちから雪解川
兵庫 小幡酔歩
兼題-名和未知男・選
あだびとに解せぬ印や日記果つ
東京 川原瀞秋
肩上げの解かれて十三参りかな
東京 岡田みさ子
雪解けて星降るニセコアンヌプリ
神奈川 沼田樹声





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