●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2019年5月号 ○
特   集
平成俳句とその後
●髙柳克弘 仙田洋子 田中亜美 生駒大佑 ●エッセイ ほか
特   集
不易と流行
大輪靖宏 谷口慎也 河原地英武 鹿又英一 奥坂まや 江見悦子 ほか
特別作品21句
柏原眠雨 阿部誠文
俳句界NOW
中川雅雪
セレクション結社
「や」
甘口でコンニチハ!
安田純平(ジャーナリスト)
私の一冊
山本鬼之介『まぼろしの鱶』
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢28名の選者陣!

添削教室選者
折井紀衣、長嶺千晶(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
兼題選者
大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、加古宗也、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)


【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】

※印のついた句は、ダブル特選賞もしくはトリプル特選賞です。


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
制服の糊の香かたし智恵詣
大阪 村上瑠璃甫
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
友達の証に竜の玉ひとつ
兵庫 稲谷有記
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
茶の花や今も手書きの同人誌
栃木 藤本一城
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
両の目を立てて糶観る松葉蟹
兵庫 池田喜代持
兼題
選者:大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
今月の兼題…【土】
兼題-大高霧海・選
一族の赤紙四枚土用干
兵庫 井上徳一郎
ちゅら海に土砂投入や開戦忌
高知 渚みどり子
還らざる北の領土や流氷来
秋田 松井憲一
兼題-岸本マチ子・選
備長炭もてなす土佐の遍路宿
静岡 渡邉春生
餅つきや近所総出の通し土間
静岡 吉田捷秀
還らざる北の領土や流氷来
秋田 松井憲一
兼題-高橋将夫・選
除染土や色定まらぬ七変化
三重 堀越 毅
枯菊を焚きたる土に残る情
東京 工藤順子
土星の環滑り落ちきて冬雲雀
福岡 春野ゆき
兼題-名和未知男・選
モンゴルの黄土の匂ひ菜の花忌
東京 池田秀夫
土筆野に屈む転校してゆく子
兵庫 山口 誠
醍醐寺の土牛の桜いま冬芽
兵庫 井上徳一郎
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、加古宗也、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
左義長や縄文の代も火を囲み
愛媛 岩宮鯉城
左義長の火が勢いよく燃え上がっている。近所の人々が集ってその火で餅や団子を食べたり、 一年の無病息災を祈っている。その姿を見て、日本人は、弥生の代も、更には縄文の代も、こう して火を囲んで楽しんだろうと思ったのである。左義長に縄文を結びつけたところが佳い。
まだ雪を知らぬ雪吊能登日和
神奈川 山口望寸
金沢市の兼六園を始め、能登の雪吊りは見事である。ぴんと張りつめた縄が力強く美しい。そ の上に雪が降っている姿も良く、多くの句が作られている。一方この句はまだ雪を知らない雪吊 りを描いているところが佳い。何時でも来いと待ち構えている姿である。
仙厓の猪立ちて初暦
東京 萩原純子
仙厓は一七五〇(寛延三)年、美濃国の農家に生まれ、十一歳で仏門に入った。臨済宗の僧で あり画家であった。「寒山拾得」などを描き諧謔に富んだ禅画を得意とした。初暦の絵に立った 猪が描かれており、それが仙厓の絵であったのである。亥年の初暦らしい所が佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
冬帽子風のさそひに乗りたくて
茨城 林きよ子
特に冬帽子は、お洒落というよりも防寒具としての役割が強いのではないかと思うが、どうし ても冬は風が強く、飛ばされないように気を遣うものでもある。そんな季節感を帽子の側からの 視点として詠んでいるところが面白い。季題が生き物のように伝わって来て愉快な句である。
三日には置いて帰りぬ里ことば
大分 小田祥子
筆者は東京で暮らしていても里言葉、つまり訛はあまり意識していないが、地方出身の方が東 京で過ごすには共通語を心掛けるのだろう。そんな人も正月里帰りすると目一杯方言で過ごす。 そして又東京へ戻ると共通語になる。正月ならではの仄々とした生活感とその後の対比が面白い。
極月の秋葉原駅神田駅
東京 芥川登史子
何の説明もなく東京の地名を出して見事に季題の姿を詠んだ句である。全国的にも有名な山手 線と京浜東北線の隣同士の駅であるが、特に年末の喧騒がこの句から伝わってくる。どの季節で も賑わっている街ではあるが、年末の慌ただしさが一層この街の活気を物語っている。
雑詠-茨木和生一・選
み吉野の人に寒さを労られ
京都 富井惠子
「み吉野」と書かれているが、漢字と表すと「深吉野」であろう。山国の奥吉野の寒さは格別 である。村人と話していると、「ようこんな寒い所にきてくれはりましたなあ」と労られたので ある。俳句作品の展示されているたかすみ文庫に行かれたのかもしれない。
草城忌祖父の忌われの生まれし日
兵庫 国光六四三
凍鶴忌とも呼ばれる日野草城の忌日は、一月二十九日である。今日は草城忌と思ってその日を 思うと、祖父の忌日でもある。それに、何よりも私の誕生日でもある。なんと恵まれた日に私は 生まれたものだと納得している。
猪鍋や風のざわつくうしろ
熊本 加藤いろは
山里に来て、猪鍋すなわち牡丹鍋を味わっている。寒い日の山里で味わう牡丹鍋ほどありがた いものはない。後ろの山の木々を鳴らして寒風が通り過ぎてゆく。その風の音も牡丹鍋の味わい を深めてくれる。
雑詠-今瀬剛一・選
実南天こぼさぬやうにいただきぬ
静岡 山﨑明子
冬になって辺り一帯が枯れ果てた中に鮮やかに実をつける「南天」は確かに印象的である。作 者はそれをいただいたのである。「こぼさぬやうに」という表現に作者の心深い配慮を感じた。 いっぱいに実をつけている南天、その撓うような枝を大切に受け取る作者の表情が見えるようだ。
冬耕の谺返せる峡日和
佐賀 大久保花舟
周囲を山々に囲まれた静かな峡の集落。一鍬を下ろすごとにそれが山に響いてを生む。冬の 空気独特の強い緊張感がある。「峡日和」という言葉が効果的に働いている。「峡日和」と「」 という言葉が作品の中で響き合って、おそらくは一人の「冬耕」の姿を見事に感じさせてくれる。
藁苞の中に影あり冬牡丹
大阪 宮尾正信
いかにも「冬牡丹」らしい捉え方。寒風の中に咲く牡丹は厚く藁苞で覆われている。小さいけ れどもその藁の中で生き生きと存在している。そこに日が届いたのであろう。それを「影あり」 と影を中心に捉えているところが面白い。冬牡丹の持つ凜とした鮮やかな存在を思わせる。
雑詠-大串章・選
朝市を生き甲斐とする頰かむり
岐阜 谷口ふさ子
朝市には野菜や果物などの農作物、漬物や味噌などの加工品が朝早くから並ぶ。所によっては 取れ立ての蛸や魚類が並ぶ朝市もある。その朝市の売り手は、圧倒的に女性が多い。この句、「生 き甲斐とする」が力強い。客を呼ぶ健やかな女性の顔が目に浮かぶ。
ダンディを通しし父の冬帽子
大分 堀田毬子
父は生涯ダンディだった。身なりも言葉もかっこよく素敵だった。父愛用のしゃれた帽子を手 にすると、在りし日の父がありありと目に浮かぶ。一緒に美術館へ行ったり音楽を聴きに行った りしたことも思い出される。ダンディな父の子である毬子さんも素敵なお方であろう。
いつぽんの枯木にどれほどの月日
大阪 藤田康子
一本の枯木にはどの位の月日が詰まっているのか。木の丈や幹の太さから樹齢を推し量る。枯 木は春が来ると芽吹き、夏が来ると青葉を茂らせ、冬になると葉を落として枯木となる。木には 木の歳月があり一生がある。作者は、枯木を見ながら自らの生涯を思っているかもしれない。
雑詠-櫂 未知子・選
炎踏むごとく白鳥助走せり
埼玉 鈴木まさゑ
実際には湖水を踏んでいるのだが、作者にはあたかも「炎」を踏みながら飛翔に向かうように 見えたという。詠み尽された感のあるこの季語を独自の目で見直した、詩的で華やかな作品であ る。
寒稽古海へ拳を握りしめ
福岡 奥苑靖子
日本人ならではだと思う季語の一つに「寒稽古」がある。あらゆるスポーツも修行の一つであ り、この句のモデルも例外ではない。この作品、とにかく「海へ」の「へ」がいい。真向かう海 原の厳しさが見えて来るようで。
毛糸編む夜飛ぶ鳥を追ひながら
東京 工藤順子
「毛糸」を編むのは、どちらかというと昼間の印象が強いが、この句では「夜」。ふとよぎっ た「鳥」の姿に作者は目を留めた。不吉なような、そうでもないような。孤独なような、そうで もないような。ユニーク。
雑詠-加古宗也・選
三月と共に母校の消えゆけり
千葉 岩瀬孝雄
少子高齢化の流れは収まるどころか、いよいよ深刻な情況になってきている。三月は年度末。 今年も多くの小中学校が統廃合によって消えていった。教職にあった人にとっては自身の母校だ けでなく、教え子との思い出を手繰り寄せる場をも奪うことにほかならない。「三月」が効いた。
マジックで記す約束初暦
北海道 中北良子
「マジック」がじつにいい。決して消すことのできない約束、消してはならない約束とはどん な約束だろうか。一年最初の約束を反故にしたら、その後の全てのことについて信頼関係は喪失 してしまうということでもある。ことに子供や家族との約束はそうだ。「初暦」が厳しく効いた。
七草粥卒寿四人のクラス会
愛知 吉見ひで
七草粥をいただきながら、四人の同級生が長寿と一年の健康を祈ったというのだろう。卒寿と もなると集まることができる同級生がわずか四人になってしまった。長寿を世間ではほめそやす。 「七草」「卒寿」「四人」が複雑にからみ合うクラス会を作者は諦観でもっていなしている。
雑詠-角川春樹・選
雪搔きに厭がる手足連れて行く
北海道 大橋嶺彦
家の門口や道などに積もった雪をとり除かねばならないと分かっていながらも、重労働である ので気がのらないのだろう。それを、手足がいやがっているためだ、としたところが滑稽であり、 ユーモアが生まれた。
倒れつつ独楽は生命をふりしぼる
奈良 瀨川雅子
勢いよく回っていた独楽が、だんだんと力をうしない、軸をかたむけ、ついに静止したのであ る。独楽の止まるか止まらないかのところを作者は「生命をふりしぼる」と言いとめた。観察が するどく、飛躍のある表現が見事である。
地下鉄を出て地下鉄へ冬帽子
東京 田中靖人
〈何求めて冬帽行くや切通し 角川源義〉の世界を想起した。掲句は、まさしく都会の寂寥を 言いとめた作品である。作中の冬帽子の人物が、枯野を歩いているような情感が伝わってくる。
雑詠-古賀雪江・選
初詣露店と並ぶ献血車
福井 村田 浩
初詣でに賑わう参道の両側にずらりと並んだ露店。特に興味を引くようなものは無いが、その ざわめきが初詣での気分を華やいだものにしてくれる。そんな一角にテントが張られ、献血車が 輸血を求めている。軽いスナップ的な句であるが、作者の「良く見る目」の確かさを思った。
古伊万里の金の接ぎ目や冴返る
東京 矢作十志夫
伊万里焼は江戸時代に有田地方の磁器の多くが伊万里港から積み出されたことに因む名前。有 田の泉山から出る白亜が上等で、伊万里焼は古くよりステータスとされ、ことに古伊万里は骨董 価値もあって貴重とされる。金の継目も由々しくも思われる。その継目に冴返る思いを抱いた。
友ら皆押しくら饅頭育ちなり
福岡 外村文人
小学生からスマホをいじって一人の世界に浸る、現代の子供達には想像出来ない遊びであろう。 昔の子供達は、このおしくら饅頭で互いの体温を感じ、友情を知り、情緒が育った。おしくら饅 頭は今では幻のような遊びになったが、おしくら饅頭世代が日本を支えて来たのだ。
雑詠-佐藤麻績・選
冬紅葉土偶の乳房ふっくらと
宮城 丸山千代子
土偶は縄文時代に多く作られた、人や動物をかたどった土製品だが、特に女性をかたどってい るのは子孫繁栄を願うためであろう。この作品の「乳房ふっくらと」はまさに象徴といえる。ま た季語の冬紅葉が鮮やかに呼応して秀句となっている。
勝独楽や静止の如く廻りをる
千葉 唐鎌良枝
独楽遊びで勝ち独楽として残ると、まるで静止しているように見えるのはたしかだ。逆に、止 まる時は回転速度がおそくなってガタガタして美しさは見えない。静止しているように見える不 思議は一種の発見といえよう。
早梅や真下に止むる車椅子
静岡 渡邉春生
早咲きの梅を見にやって来た人は、車椅子の人だという。開花を待ち望んでいたらしく、梅の 真下に車椅子を止め、香りまで楽しんでいるのだろう。車椅子の人物の気持を見事に把握した作 品となっている。
雑詠-鈴木しげを・選
母の顔見たくて蒲団干しにゆく
大阪 秋山具輝
母はかなり高齢なのだろう。しかしまだまだ子を頼らずに暮らしている。離れ住む子からすれ ばとみに足腰に衰えがみえてきた母が気がかりでならない。母をたしかめに行く気持もある。日 をいっぱいに吸った干し蒲団に母をやすませてやりたい。母の笑顔が見えるようである。
黒潮は村をゆたかに金盞花
千葉 橘 誠三
日本列島に沿って流れる黒潮。巾は百キロに及ぶ太平洋最大の海流である。この流れにのって さまざまな海の幸がもたらされる。作者は千葉とあるので「村をゆたかに」はおそらく房総半島 の漁業盛んな村々を詠んだものであろう。春さきがけの金盞花が暖流の村にふさわしい。
裏山に椿の散華一草庵
京都 佐々 宙
一草庵は放浪の自由律俳人・種田山頭火の終の庵。伊予松山の御幸寺の山懐にある。ここで昭 和十五年十月十一日波乱にみちた五十九歳の生涯を終えた。一笠一杖一鉢の行乞流転の旅にあっ て人間いかに生きているかが山頭火のテーマであった。掲句の椿の散華が暗示に満ちている。
雑詠-田島和生・選
千枚田枯れ高浪は尖りけり
長崎 岩本千鶴子
海ぎわの急斜面を削り、階段状に作った千枚田。輪島の千枚田は有名。冬は深まり、寒風で畦 の草も枯れ、押し寄せる高浪も尖っている。畳みこむような「枯れ」「尖り」の表現が鮮やかで、 荒涼とした千枚田の光景も目に浮かぶ。
塩まいて畑に一礼鍬始
宮崎 堀内サキ子
鍬始めは、新年を迎えて田畑の豊作を祈る行事。畑の隅に御幣や松の枝を立てて、おめでたい 詞を唱えて祈る。掲句は、塩をまいて清め、畑の神様に一礼をして「今年も豊作をお願いします」 とお祈りをする。鍬始めの所作を具体的に詠み、なかなか妙味があっていい。
小綬鶏や城下へ抜ける切通し
東京 宇井偉郎
小綬鶏は茶色のずんぐりした野鳥で、雑木林などに生息し、春になると大きい声で鳴く。城跡 を巡り、城下へ抜ける崖道を降りていたところ、突然、近くの藪の中から「チョットコイ」と鳴 いた。城跡が荒れたせいで、自然の戻った風景が小綬鶏から想像され、実感もあって大変いい。
雑詠-辻 桃子・選
捨て水の逃げゆくさまに凍りをり
神奈川 浜岡健次
使った水を勢いよくぶちまけた。その水が流れてそのままに凍った。水が落ちたところから至 りついたところまで何一つまぎれることなくそのままの形で凍っている。「逃げゆくさま」は流 れようとする水の形状まで白日のもとにして、という作者の主観を込めた写生の表現だ。
凍滝を飛び出すしぶきまで凍つる
熊本 荒尾かのこ
滝の全てが凍結した凍滝だ。棒のように流れ落ちるさま、岩にぶつかって曲がるさまなど、さ まざまな形をなして氷りついている。よく見ると弾けて飛び出した飛沫まで、そのままの形で氷 り、張り付いている。客観的な写生だが、「しぶきまで」の「まで」に作者の思いが表れている。
身を乗せて落款押すや寒灯下
神奈川 尾﨑千代一
寒灯のもとで書き上げたのは色紙か。作者としても満足できる出来栄えだった。最後にしかる べき位置に落款を押す。押しにくい落款だが欠けないように気を配る。「身を乗せて」という身 体的な措辞がいい。凍てつく夜、澄みわたる灯のもとで一つの仕事を終えた作者の表情が見える。
雑詠-夏石番矢・選
底のなくなってゆくコップの幸福
福島 呼吸
今回の投句で断トツの秀句! 底抜けのコップは、コップでない、いやコップなどではない。 がらくた、あるいは不燃ゴミになる。そこにこそ「幸福」があるのだ。この俳句は、どん底のし あわせへの過程を詠んでいる。同時投句〈銀河系・秒針・苛立ち・角砂糖〉もなかなかいい。
暗中の変化に向けて雪を撃つ
三重 鈴木良一
○近未来を先取りして詠みこんだ秀作。たいていの俳句らしきものが、過去ばかりを対象として いるなか、とても貴重である。「変化」は「変化へんげ」ではなく、「変化へんか」だろう。停滞状態からの脱 出がテーマ。しかし、雪降る闇には何が存在するのだろうか。他の投句は凡作。
降る雪や赦されてゆくたなごころ
静岡 風化
初案の「宥されて」を「赦されて」に改めた。〈降る雪や地上のすべてゆるされたり 野見山 朱鳥〉を作者は知っているのだろうか? 降雪のメンタルな浄化作用をロマンチックに詠んだの は、雪国の人ではない証拠。「ゆく」に時間の経過があるところも、この一句のポイント。
雑詠-行方克巳・選
綾取りもおはじきも下手久女の忌
山形 中川麦子
女の子らしい遊びがどれも苦手で、仲間にはなかなか打ちとけることが出来ない、そんな女の 子がいるものです。久女はすぐれた才能を持ちながら、ある意味でとても不器用な生き方しか出 来なかった女性のように思われます。そういう所が似かよっていると言えますね。
手水舎のアルミの杓の淑気かな
東京 飯塚克昭
由緒ありげな神社などの手水舎には、木製のしかるべき杓が備えられているのですが、この神 社の杓はあっけらかんとしたアルミ製です。しかし、真新しくていかにも清々しい感じがしたの でしょう。新年をことほぐ気分にぴったりです。
年酒酌むいずれも田舎捨てし顔
神奈川 上野 浩
町会などの仲間が集まっての新年会の席でしょうか。事業に成功して羽振りのいい人も多いの ですが、誰も故郷のことを話題にすることがありません。それぞれわけがあって田舎や、その親 類縁者を捨てるようにして上京、今の生活がある人が多いのでしょう。
雑詠-西池冬扇・選
大男波立て入る初湯かな
神奈川 龍野ひろし
銭湯だろうか温泉だろうか。いかにも勢いがあって良い。初湯という季語がこのような形で活 かされていることに新味を覚えた。「波立て入る」という表現によって、湯舟に入っていた作者 の驚き顔まで目に浮かぶ。この句において作者は、自身まで景の中に入れてしまうことができた。
猪鍋や風のざわつくうしろ
熊本 加藤いろは
うしろ山という固有名詞の地名は岡山にあるが、私は背戸の山のような意味と捉えたい。山の民 たちが猪鍋をつついている、その後ろの山だ。この句の面白さは「風のざわつく」にある。風で ざわざわしているのは、山そのものがざわついているのだ。山も人も猪も生き動いているのだ。
元旦の靴下をはく右左
北海道 横村楓葉
俳句は言葉を省略する。だが省略は言葉の持つ世界を解放するものでなければならない。元旦 には衣類一切を改める習慣がある。改まった気持で新しい年を迎える為である。さてこの句の「右 左」は履く順序なのか、それとも右か左か迷ったのか。楽しい曖昧さは意味世界を解放する。
雑詠-能村研三・選
冬籠る机上に高く本の島
東京 関根瑶華
掲句は「冬籠り」の句としては前向きな句で、外に出ると寒さが厳しいので、普段から読みた いと思っていた本を選び、書斎の机に堆く積んで読書三昧をすることにしたという。机の前に整 然と並べている人よりも、本を積み上げている人の方が本当の読書家にも見えてくる。
若さとは苦しむ力寒昴
東京 渕上信子
今の若者、最近は中々こういうようにはいかない。余りにも何もかもが便利過ぎて苦しむこと など忘れてしまったようだ。この句は作者の若い頃の思いを詠んだものなのか、寒い時も歯を食 いしばって頑張った時代があった。今の若者たちにも苦しむ力を体験してほしいものだが。
一陣の風を加勢に野火走る
千葉 塩野谷慎吾
野焼きは春先、晴天で風のない日、火を放って枯れ草を焼き払うもので、野火は野焼きの火を いう。風のない日を選んだつもりだったが、突然一陣の風が野火の炎先に及び、にわかに野火が その勢いによって走り始めた。勇壮な春の風物詩の光景である。
雑詠-山尾玉藻・選
藁苞の中に影あり冬牡丹
大阪 宮尾正信
誰もが「藁苞」に被われる「冬牡丹」を覗きながらも、その「影」を見過ごしていたように思 います。冬牡丹が寒さにめげずしっかりと息づいている証のような影です。対象を深く見つめる こころの眼がよく働き、冬牡丹の真実を捉えた佳句です。
不人気な父の居座る炬燵かな
北海道 神 明美
炬燵に家族が揃っているのでしょうが、口うるさいのか、つまらぬ駄洒落で皆を白けさせるの か、どうも父親は煙たがられている様子です。作者に「居座る」とまで思われながらも父親はお 構いなしなのでしょう。思わず失笑してしまう一句です。
雪搔きに厭がる手足連れて行く
北海道 大橋嶺彦
経験のない者にも「雪搔き」は重労働であることが理解できます。作者はこれから雪国の実家 に雪搔きを手伝いに行くのでしょうか、手足が雪搔きのあの辛さをしっかり覚えているのです。 「厭がる手足連れて行く」に気の進まない作者の実感が籠っているようです。





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