●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2019年8月号 ○
大  特  集
「プレバト!!」はなぜ人気があるのか?
●対談 夏井いつき&姜 琪東 ●インタビュー 水野雅之(毎日放送総合演出)
特別作品21句
千々和恵美子 亀井雉子男
俳句界NOW
吉田千嘉子
セレクション結社
「道」
甘口でコンニチハ!
山本陽子(女優)
私の一冊
稲田眸子『素十全集ー句評編』
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢28名の選者陣!

添削教室選者
折井紀衣、長嶺千晶(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
兼題選者
大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、加古宗也、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)


【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】

※印のついた句は、ダブル特選賞もしくはトリプル特選賞です。


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
縄がらみ槌締めにして鉾の辻
京都 北村峰月
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
たましひを枝に残して落椿
福井 木津和典
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
アフリカてふ名を貰ひたる仔猫かな
石川 かくち正夫
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
耕して耕して馬逝きにけり
北海道 伊藤やす
兼題
選者:大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
今月の兼題…【声】
兼題-大高霧海・選
爆心地地球ゆるがす大音声
広島 村上 宝
自画像の不戦の声や敗戦忌
長野 土屋春雄
フクシマの御霊の声ぞ春怒濤
愛媛 境 公二
兼題-岸本マチ子・選
行く雁を声で見送る村の人
埼玉 矢作水尾
此の路地に久の産声桃の花
千葉 三木星音子
春眠し口の大きな河馬の声
東京 結城節子
兼題-高橋将夫・選
涅槃図の声なき声に耳すます
福岡 森田和をん
笑ひ声すとんと寝落つ遍路宿
神奈川 大矢知順子
産声や宇宙初の息すなり
愛知 本多俊子
兼題-名和未知男・選
摘草や万葉集を声にして
東京 川俣由紀
うぐひすの声落柿舎のしづかさに
大阪 春名 勲
産声を待つ花冷えの長廊下
福岡 奥苑靖子
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、加古宗也、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
へだてなき閑谷黌の楷若葉
大阪 阿久根良一
岡山県備前市中部の集落に、岡山藩主池田光政が子弟教育のため閑谷黌しずたにこうを一六七〇(寛文十) 年に設立。この句の重要な点は、「へだてなき閑谷黌」としたところ。当時の諸藩校は武家の子 弟のものが多かったが閑谷黌は民間人の子弟を教育した。そこで「へだてなき」としたのが佳い。
耳標まだ真白なりけり春の牛
北海道 豊岡はじめ
春になり牧場に牛や馬が放し飼いにされている。その牛や午には耳にふだが付けられ、持ち主 の名前などが示されているのである。沢山の牛や馬の中に、まだ何も書いていない真っ白な耳標 をつけている牛が一頭いるのだ。今年生まれたばかりの牛なのである。春らしい光景が佳い。
白山を遥かに置いて菊根分け
石川 前 九疑
白山は、石川県と岐阜県にまたがる火山である。特に石川県側から見る姿が美しい。そして又 石川県では菊作りが盛んに行われる。まだ雪が残っている白山を遠くに見ながら、菊の古株から 出てきた新しい芽を根分けしているのである。その光景を佳く描いている。
雑詠-稲畑廣太郎・選
大空へ大きな返事入学す
兵庫 池田喜代持
恐らく小学校の入学式で、一年生が初めて名前を呼ばれ、元気良く返事をしている情景が見て 取れる。これから学校という世界で学んで行くという期待は如何ばかりであろう。そんな心持か ら大きな声が自ずから出てくるのだろう。大空まで届く表現が入学の喜びを明るく伝えている。
能面の秘めたる笑みや春の宵
秋田 宮本秀峰
壁に飾られている能面か、それとも実際シテが舞っている時、能舞台を鑑賞しているのか。何 れにせよ表情が無いようで実に豊かな表情を見せる能面というのは不思議でもあり神秘的でもあ る。春の宵という長閑な季節らしい仄々とした空間が広がってきて能の魅力が伝わってくる。
ブルックナー開始の如く山霞む
長崎 楢山孝明
マニアックなことではあるが、ブルックナーの交響曲の中で最初に弦のトレモロで始まる曲が 幾つかあり、これを「ブルックナー開始」と称している。確かにトレモロの音色は何か霧や霞の ように聞こえる。雄大なブルックナーの交響曲の特徴を霞の季題を通して見事に音楽的に詠んだ。
雑詠-茨木和生一・選
きつねだな真の船の過りけり
兵庫 森山久代
「きつねだな」とは春の季語「蜃気楼」の補助季語である。沖に蜃気楼が出ているが、そこに 本当の船が現れたのである。おそらく大型の船舶に違いない。その船が蜃気楼の中を通り抜けて、 進んで行ったのである。
大空へ大きな返事入学す
兵庫 池田喜代持
小学校の分校の入学式と思いたい。慣例によって、天気のよい日には、入学式は校庭で行われ るようになっている。入学してくる生徒も五人ほどである。呼名されると、大空に向かって大き な声で返事をする。
空のあを湖のあを山桜
三重 池田緑人
青い空のもと、青い水をたたえた湖の山べりに山桜がとびとびに咲いている。そんな美しい景 色を十分に堪能するまで仰いで見ている。「空のあを湖のあを」とたたみかけるように詠んだこ とで、情景が鮮やかになる。
雑詠-今瀬剛一・選
草餅や遠い昔の母のひざ
長崎 青木のり子
作者は「草餅」を食べながらふと「遠い昔」のことを思ったのである。当然そこには母がいた。 そして小さい自分もいた。その想像の世界を自然に飾ることなく吐露している。草餅を手にして いる作者の姿、そして暫くの間、思い出の世界にひたっている作者の表情が静かに伝わってくる。
高きより水は流れて田水張る
埼玉 関田独鈷
「高きより水は流れて」という表現には強い実感がある。作者には田水を引いた経験があるの ではないか。またこの表現は情景をよく感じさせていていい。音を立てて流れていく水、その下 方には一杯に水を湛えたたくさんの田が広がっている。田植時の明るく活気のある情景を思った。
初島を遠く近くに桜狩
栃木 石塚千穗子
「遠く近く」という表現にいかにも桜狩らしい広がりを感じた。初島を眺めながら作者自身が 動いているのであろう。初島は終始見えているのだが、作者の立つ位置が変わるので、それが遠 退いたり、近づいたりするのである。しかも「桜狩」。作者自身は一面の桜の中にいるのである。
雑詠-大串章・選
父征きし軍港巡り春惜しむ
福岡 松尾千代子
父君が出征された軍港はどこだろう。私は門司港を思った。門司港は今は観光地だが嘗ては戦 場への玄関口だった。門司港を出立した将兵は約二百万、軍馬は約百万だったが、帰国できたの は将兵が約百万、軍馬はゼロだったという。戦争の悲惨、門司港の悲劇を忘れてはならない。
特養が終の住処や福寿草
東京 恩田瑛梨
「特養」を「終の住処」と言った後、「福寿草」を据えた所に作者の心構えを看取する。恩田 さんは困難にめげず天寿を全うされるに違いない。「特養」は特別養護老人ホームの略。〈心身の 障害のため常時介護を必要とし、また在宅介護が困難な六十五歳以上の老人〉が入所する施設。
廃校は桜吹雪の中に在り
三重 佃 実
桜吹雪の舞う中、廃校が静かに建っている。文部科学省によると平成十四年度から二十七年度 に発生した廃校の数は六八一一校に達するという。先日、石川啄木ゆかりの旧渋民尋常小学校を 見学し、色々学んできた。多くの廃校が今後、図書室や展示室として活用されることを願う。
雑詠-櫂 未知子・選
使ふあてなきパスポート春惜しむ
岐阜 谷口ふさ子
身分証明にはちょうどよいから「パスポート」を更新した。しかし、はたしていつ使うのやら、 といった気分が感じられて面白い。茫漠たる思いにこの季語の大きさがぴったり合っているよう に思われる。
まづ声がしてたかんなの届きけり
東京 関根瑶華
臨場感のある作品である。「お荷物届きました」「たけのこです」などと大きな声で言いながら 届けてくれたのだろうか。省略を旨とする俳句のよろしさがよく出ている作品だといえるだろう。
万緑を死にゆく犬も歩みをり
埼玉 山田俊彦
命を終えようとしている「犬」も、その生涯の締めくくりとしてひたすら歩まなければならな い。ある意味、残酷。そして、どこか切ない。迫力のある作品であり、いろいろ考えさせられた。
雑詠-加古宗也・選
幼子の指さす方に蝌蚪の国
福岡 松尾信也
子供はときに鋭い直感力を見せる。大人の気付かないものにいち早く気付いたりする。それは より動物に近いせいかもしれない。逆に大人には先入観とか教養とかいうものがあって、それが 直感力を鈍らせる。「指さす方に」は鋭い把握。
ピカソの絵見てうなずいて四月馬鹿
東京 佐藤南北
ピカソの絵といえば、「ゲルニカ」に代表される抽象画に人気がある。人気があるといっても、 本当にわかっているかどうかは別の問題。「うなずいて」いるからといって分かっているのかど うか。「四月馬鹿」という季語の斡旋が、何とも生々しく皮肉っぽい。
この夫と三十五年青き踏む
東京 梅村芳恵
「三十五年」という年月が過不足なく決まっている。そして、定年あるいは定年近くまで一緒 に歩み続けてきたことへの様々な思いが去来している。山あり谷あり、そして今、青きを踏んで いる。この季語によって、夫婦の絆の強さがしっかり伝わってくるのがうれしい。
雑詠-角川春樹・選
鷹鳩と化し綿飴の出来上がる
福岡 市川武子
「鷹化して鳩となる」は七十二候の一つで、三月十六日から二十日のころに当たる。行楽先に おいて、綿飴を作るところを見かけたのだろう。綿飴の様子と、取合せの季語の効果により、う ららかな日和に身を置く幸福感が伝わる。
犬ふぐり地球をしつかり捉へたる
茨城 小竹 亨
可憐な花である犬ふぐりと地球の対比が見事な一句である。犬ふぐりが大地に根差しているこ とはたしかである。「地球を捉えている」と発想を広げたことで、犬ふぐりの生命力のつよさを 最大限に表現している。
春うらら生命線は皺の中
富山 髙森惠巳子
手のひらにある生命線と皺の区別がつかないのだろう。ここには明るく、おおらかなユーモア がある。どの方の手のひらを覗きこんでのことかはわからないが、やはり長寿の方なのであろう。 目出度い一句である。
雑詠-古賀雪江・選
春菜摘む少女に羽の生えてくる
熊本 荒尾かのこ
暖かい日を浴びて野山で遊ぶ。草を摘み、野川で魚の影を追って雲雀の声などを聞いている少 女はまるで翼の生えたように自在に楽しさを広げて行く。摘んだ草は帰りには放って置かれてあ ることが多いが、少女はひたすら摘むことを楽しむ。そんな野遊びの様子が伝わってくる句。
春の雲先を急がぬ揚子江
群馬 猿渡道子
中国文明を築いたともいわれる中国第一の河、揚子江。中国では長江の下流の異称である。滔々 と流れる河の様子を「先を急がぬ」と詠まれた。白雲を浮かべて限りなくのどかな揚子江である。 筆者は昔体験した桂林から陽朔までの山に沿っての船旅「漓江下り」を思い浮かべた。
春昼や定時に山の郵便夫
大阪 鶴賀谷 修
春の昼、山家に郵便夫が来た。雨が降っても風の強い日でも、毎日ほぼ同じ時刻である。開け っぱなしの土間より入って、配達の郵便を置き、ひとしきり世間話などをして、帰りには発送の 郵便物を頼まれて山を下りて行く郵便夫である。
雑詠-佐藤麻績・選
漱石や屈みて探す菫花
埼玉 中島孝允
夏目漱石と菫と言えば〈菫程の小さき人に生まれたし 漱石〉を即座に思う。自他のエゴに悩 んでいた漱石にも「菫」は気品ある、なつかしくやさしい花に思えたのだろう。この作品はその 漱石を想像させるような深い一句である。
羅や首より入る躙り口
東京 貝 啓
茶道には禅の精神に基づき独特の作法がある。このにじり口は小さな出入り口で、躙って出入り し、ここから漸く茶席へと導かれるのである。夏の衣服は羅を着るが、紗や絽などで薄く透けて 涼し気だ。羅は寧ろ、人の目に涼気を感じさせるものであり、作品にも禅的な印象が現れている。
風光るベビーベッドのある暮し
京都 北村峰月
ベビーベッドがあるのは赤ちゃんが存在するからである。この赤ン坊は作者のお孫さんであろ う。「ある暮し」がそう伝えている。ある期間、お孫さんを連れて里帰りされた娘さんとお孫さ んとの生活に晴れやかな日々を過ごしておいでなのだろう。「風光る」が効果的な作品である。
雑詠-鈴木しげを・選
元号の変れど今日も畑を打つ
大阪 岡田たけし
「平成」から「令和」に改元がなされたのは五月一日。俳人は時代の節目に敏感である。平成 の終ることへの感慨と令和への期待をこめて詠む。掲句の作者はどうだろう。元号の変わること より畑打ちが胆心とばかり鍬をふるう。太古から悠久に続く日本人の姿ということが出来る。
水神の祠に置かれ種袋
神奈川 松井恭子
稲の種、すなわち籾の袋を水に浸けて発芽をうながすのは「種浸し」といって大切な仕事であ る。掲句の種袋は水に浸ける前の物であろう。まずはそれらを水神さんの祠に置いて秋の豊穣を 祈るのである。これも先祖から営々と受け継がれてきた事であろう。
湯の宿の下駄の焼印夕桜
愛知 玉木尚孝
古くから人々に親しまれてきた温泉地が想像出来る。宿の下駄には屋号が焼印されているのが 懐かしい。一風呂浴びて一寸湯の町を散策するのに、焼印のしてある下駄をつっかけて出るのは 楽しい。湯宿の周囲に咲いている桜にようやく日暮がきて夕桜の風情。心がゆったり、ほっこり。
雑詠-田島和生・選
富士見ゆる小窓に蝶の止りけり
沖縄 中島 健
良く晴れた日の富士山は素晴しい。部屋の小さな窓から白く輝く富士を仰いでいたら、突然蝶々 が飛んできて止まった。まるで富士を隠すみたいに止まったが、しばらくすると、またどこかへ 去り、富士は再び眼前に広がる。富士の大景と小さな蝶を併せて詠み、鮮やかな詩片のようだ。
村人の一樹に集ひ花の宴
福岡 牛島順子
村外れの小高い丘に一本の桜の木がある。樹齢何百年もの老樹だが、今年も大空を隠すばかり に咲いた。村の人たちは桜の木の下に茣蓙を敷いて花見の宴を開く。折詰のご馳走を広げ、酒を 酌み交わす。老樹の下で毎年開く花の宴だが、「一樹に集ひ」の表現も手堅く、秀逸である。
渚まで餅が宙とぶ比良八講
大阪 秋山具輝
琵琶湖西岸は三月頃、比良山下しの強風が吹く。沿岸に高波も押し寄せ「比良八荒」と恐れら れてきた。このため延暦寺の僧らが毎年、湖の安全を祈る比良八講を営む。強い風に乗って、撒 いた餅は渚まで飛び、群集は砂浜を走って拾う。行事の一こまを生き生きと描写し、味わい深い。
雑詠-辻 桃子・選
曲がるたび囀あらた峠ゆく
福岡 上田とみ子
曲がりくねった峠の道をのぼると、小鳥が盛んに囀っている。道を曲がり新たな景色が現れる と別の鳥が囀る。古今和歌集に〈百千鳥さへづる春はものごとにあらたまれども我ぞふりゆく〉 の和歌があるが、掲句では曲がるたびに新たな囀りが聞こえるのだ。この発見がみずみずしい。
灌仏や肩にそそげば肌に沿ひ
大阪 北山日路地
釈迦の生誕を祝う灌仏会。花御堂を設えて誕生仏を安置し、柄杓で甘茶を注ぐ。肩に注げば甘 茶はそのまま仏の肌を伝い腰から足へ流れ落ちる。何ということもない、当り前の景だが、「肌 に沿ひ」と表現されると、仏の艶やかな肢体が浮かび上がってくるようで艶めかしさも感じる。
黄の蝶のをりしも来たる虚子忌かな
愛媛 境 公二
四月八日の今日は高濱虚子の命日だと虚子を偲びながら歩いていると、どこかから黄蝶がひら ひらと飛んで来た。虚子が〈初蝶来何色と問ふ黄と答ふ〉と詠んだ、あの黄の蝶だ。天が作者の 気持を察して遣わしたかのように、ふいに現れた黄蝶。「をりしも来たる」の措辞が巧みだ。
雑詠-夏石番矢・選
野遊びのイエスキリスト咆哮す
東京 清水滋生
私はイスラエルを秋に一度だけ訪れたが、基本的には地中海性気候。草木が生気を取り戻す春 は知らない。この一句の「野遊び」を日本の季語と考えないほうが、一句に広がりが生じる。愚 かな弟子たちからも離れ、一時的な自由を野原で得た神の子は、やはり叫ぶしかないのである。
風船にかくれて笑ふアルルカン
東京 中村わさび
道化師の心理的ひだをうまくとらえた一句。表の演技的笑いと、裏の真実の笑いの二つが、ア ルルカンにはある。さらに奥では泣いているのかもしれない。いや、さばさばしているのかもし れない。この「風船」も季語だと言わないほうがいいだろう。サーカスで使う大きなゴム風船。
シーソーに天の児地の児花吹雪
石川 後藤桂子
シーソーに乗ってはしゃぐ子供は、もはや人間の子供ではない。天空から降りてきた妖精であ り、大地から湧き出た精霊。そこに桜の花びらが乱舞していれば、舞台としては申し分ない。こ の世に、ひとときの楽園的な光景が現出している。なお「シーソーの」を掲出のように改めた。
雑詠-行方克巳・選
食ふ時は馬面である金魚かな
石川 阿部薄荷光
金魚に餌をやったところ夢中で食べ始めた。その食い方を見ていると、まるで馬が物を食って いるように見えたというのですね。金魚の種類にもよりますが、馬面とは何か説得力がある断定 です。自分が感じたとおりにズバッと表現することが、俳句には必要なことと私は思います。
バス待つか菜の花畑横切るか
福岡 岡本鞆子
日に何便かバスが来るような所でしょう。あらかじめ決めてあったバスに乗り遅れてしまった。 さあ、あと一時間待つか。いやいやそれより目の前の菜の花畑を突っ切って最寄りの駅まで歩い ていった方が風流でいいじゃないか。どうせそんなに急ぐ旅というのではないんだから――。
月山のくつきり見えて卒業す
山形 鈴木周子
月山は出羽三山の一つ。松尾芭蕉に〈雲の峰幾つ崩れて月の山〉があります。卒業を迎えた朝、 月山がくっきりとその姿を見せました。まるで卒業生の未来を約束するかのような姿に作者は感 動したのでしょう。月山への親密さが感じられる一句です。
雑詠-西池冬扇・選
童のくろきかげさす蝌蚪の天
神奈川 矢橋航介
上五は「わらはべ」か「わらんべ」と発音するのだろうか。この句の面白さは作者が蝌蚪に同 化していることである。つまり作者は蝌蚪になってその視点で世界を楽しんでいるのだ。水辺で 遊ぶ子供の影も天を覆う黒い影だ。『どじょっこ ふなっこ』の童謡を思い起こさせるのも楽しい。
初蝶の鏡の中へ戻り来る
愛知 山口 桃
鏡に向かって化粧をしている。いったん飛び去り鏡から消えた初蝶がまたその中に戻ってきた。 鏡の中の世界は現実の世界であるが異界でもある。夢とうつつの間といってもよい。高濱虚子に 〈初蝶来何色と問ふ黄と答ふ〉がある。西洋では蝶は詩心の化身であり句意に象徴性が強くなる。
蠅の子に笑顔を見せてしまひけり
兵庫 井上徳一郎
なんともはやボーッとはしているが楽しい句である。ほとんど意味のない行為に表出される軽 い俳味は、暗くはないがどことなく虚無的な雰囲気を漂わせているといえる。これは明るい虚無 ともよべる趣ではないだろうか。合理的な意味性を追求せずに生み出された趣であるともいえる。
雑詠-能村研三・選
脱力といふ美しさ藤の花
鹿児島 内藤美づ枝
藤の花は垂れ下がりながら咲く特徴があるが、それを脱力と捉えたところが眼目。力を抜き藤 棚からたくさんの蔓が流れ落ちているところに煙るような薄紫の花をつける姿は、清楚でありな がらも美しく、昔から多くの人たちを魅了した。古典絵巻に出てくる「振袖」のようでもある。
青春の詰まる本箱春愁
茨城 西村順子
青春時代にむさぼり読んだ本の数々は、その後いろいろ生活環境が変わっても、そのままにし ておきたいものだ。こんな本を読んでいたのだと顔を赤らめる場面もある。あのころは純粋であ んなことを考えていたのだと本箱の棚の本を見ながら春の愁いを感じた。
蕗味噌や生涯通す少数派
東京 薬丸正勝
蕗味噌はまだ開ききらない蕗の薹を摘んで刻み、湯がくか油でいためて、味噌や酒、みりん、 砂糖などを混ぜてつくる。ほろ苦さが好まれている。作者は常に人生にほろ苦さを感じながらも 信念をもって少数派たるべき考えを貫き通してきたのである。
雑詠-山尾玉藻・選
初蝶の声をかけたき高さかな
埼玉 橋本遊行
初蝶に出会うとほっこりとした気分になるものですが、その舞いようは弱々しくて気掛かりな ものです。作者も同じ気持になり、つい「頑張れ」と声をかけてみたくなったのでしょう。初蝶 らしい低い空を「声をかけたき高さ」と巧みにデフォルメしました。
地虫出づ晴にもにも黒を着て
熊本 加藤いろは
人は祝いの儀式にも悔みの儀式にも黒い礼服で身を包みますが、礼服は人の知恵が生んだ便宜 で多様的な装いです。一方、地中で冬籠り中であった虫達は、時を違うことなく、身を装うこと なく、律儀に這い出てきます。人間がどことなく姑息に思えてくる一句です。
くちなはの去りて不安のつのりけり
静岡 長谷川尚美
蛇に遭遇した作者は身を竦めたのでしょうが、蛇の方はお構いなしに悠然と姿を消した様子で す。しかし蛇がまだ辺りに潜んでいるように思え、作者の心配は増すばかりです。よほど妖気漂 わせる蛇だったのでしょうか、蛇に対する人の意識が如実に詠まれています。





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